第97話 一方その頃 その3(前編)

「さて、この儀式魔法もあと1つで完成だ。時間は掛かったが、よくここまで頑張った」

「あと1つ……」

「引き返すなら今しか無いぞ。あと1つ描いてしまえば――」

「やるわ。もう散々考えたことよ。今更逃げるつもりはない」


 じゃないと母さんに会わせてやれない。

 もうあんな思いはしたくない。

 今度は絶対に間に合わせる。


「あのA.I.が殺した以上の人間を殺すってことは、理解しているな」


 A.I.……タイムのことだ。

 私はこれから同じことをしようとしている。


「しているわ」

「奴らの犠牲は無駄じゃない。何億という人間を救うための礎になる。だから躊躇う必要は無い」

「……はい」

「いい返事だ。次もあるから慣れておくんだ」

「……そんなに幾つもあるの?」

「当たり前だ。生き延びたのは自分たちだけなどと思っていたわけではあるまい」

「そうは思わないけど、数は少ないと思っていたから。今までに幾つ消してきたの?」

「100を超えてから数えてないな」

「そんなに……」

「さ、無駄口を叩いてないで描くんだ」

「はい」


 そんなにも生き残っていた集団が居たのね。

 100人じゃない。

 100の集落だからその何百倍の人をってことよね。


「抵抗されたことはなかったの?」

「気づかれるようなドジを踏むわけないだろ。仮に気づかれてもなにをしてるかなんて理解できねぇよ」


 あと少しで最後の魔法陣が描き終わる。

 そうなればはじめさんや心琴みことさんは死んでしまう。

 村長むらおさも、お手伝いさんも、副総裁やニジェールさんも……そして……


「安心しろ。次からは見知らぬ誰か。知り合いがいるのは今回だけだ。もう一ついい知らせがある。あの娘はその日のうちに立ち直って船で脱出したぞ」

「それ、本当?」

「父さんを信用できないか?」

「そうじゃないけど……」

「なんだ。自分から離れたのに探しに来てくれないのは寂しいのか?」

「そんなんじゃないわよっ!」

「ほら、気を抜くな。1つでも不完全だと暴走するんだからな」


 よかった。立ち直れたんだ。

 もう会うこともないでしょうけど。

 ちゃんとみんなにお別れを言えなかったのは心残りだわ。

 あの子も……置いてきてしまってごめんなさい。

 私は父さんと行くわ。

 手遅れになる前に、母さんのところへ帰らせなきゃ。


「これでよしっと」


 最後の魔法陣を描き終えてなにが起きるのかと思っていたが、なにかが起こりそうな気配がない。


「失敗……した?」


 ホッとしたような、悔しいような、ちょっと複雑だ。


「いや、きちんと機能してるぞ。後は最後の仕上げだ」

「まだなにかあるの?!」

「おいおい。車だって組み上げただけじゃ動かないだろ。燃料を入れてエンジンを掛けて運転手が動かさねばならん。だからこれから燃料を入れてエンジンを掛けて動かすんだ」

「燃料って……魔力よね」

「そうだ。これが一番厄介なんだ。知っているだろうが、俺たちが有している魔力なんて鼻くそほども無い。散々少ない少ないと言ってきたが、俺と比べたら那夜なよの方が莫大な魔力を持ってる」

「嘘よ。父さんの方が魔力が多いのを知っているのよ」

「っはっはっはっは。気づいたか。でもな、お前の方が莫大な魔力を持ってるのは事実だ。俺がお前より多く感じるのはこいつのお陰だ」


 そう言って懐から真っ青な宝石を取りだした。

 あれは魔力の塊? 結晶かしら。


「おっと、触るなよ。魔力を吸い尽くされて死ぬぞ」

「ひっ。脅かさないでよ」

「脅しじゃない。直ぐには死なんだろうが那夜なよみたいに魔力の少ない者が持ったら数時間も持たないぞ」

「ならなんで父さんは平気なのよ。私より少ないんでしょ」

「吸い取るのはこの世界の魔力だけだ。俺の魔力は別物だからな。この魔法陣も俺の魔力じゃ動かん。だから那夜なよ単発式詠唱銃カートリッジガンも使えん」

「自分で動かせない魔法陣を描いていたの?」

「場の魔力を利用するんだ。省エネだろ」


 それは省エネって言わないと思うわ。


「それに俺の魔力が鍵になってて勝手に動き出すことはない。今起動したら那夜なよまで消滅しかねないからな。そうなったら泣くに泣けないぞ」

「だから脅さないでよ」

「本当のことだ。気をつけてくれよ」

「覚えておくわ」


 今の私は魔素生命体。

 父さんの目的は星の半身から魔素を取り除くこと。

 気をつけないと本当に消滅するわね。

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