第106話 1ヶ月と日帰り

 でも教えるべきことは分かった。

 知識はある。

 後はそれがどういう物なのかという関連付けだ。


「兄様、エイル様はこの後お父様を連れ帰るため、旅立たれるのでございます。護衛として雇われているのでございますから、当然御同行なされるのでございますね」


 え?

 結界外に行ったまま帰ってきていない、あのお父さんのことか。


「そうなのか?」

「そうなのよ」

「結界外への探索許可証はどうしたんだよ」

「要らないのよ」

「要らない?!」

「うるさいのよ。細かいことを気にする男はモテないのよ」

「細かくないだろっ。大体、探しに行く当てはあるのか?」

「居場所のよ、分かってるのよ」

「はあ?! どうして分かったんだ?」

「秘密なのよ」


 秘密かよ。

 そこ、一番重要だろ。


『タイムは知っているんだろ』

『いくらマスターの頼みでも、教えられないよ』


 ありゃ。

 仕方ないな。

 所詮雇われの身、これ以上はなんとも言えない。

 それでも言わなきゃいけないことはある。


「確実な情報なんだろうな。行ってみて居ませんでしたじゃ済まないぞ」

「大丈夫なのよ」


 これ以上言っても無駄か。


「分かった」

「エイルさん」

「母さんは黙ってるのよ」


 おいおい、それはないだろ。


「絶対に連れて帰ってくるのよ」

「……」


 トレイシーさんはお前を心配しているんだぞ。

 分かっててその態度なのか?


「でございましたら、スズ様はどうされるのでございますか? 一緒に連れて行かれるのでございますか?」

「いや、ご迷惑かも知れませんが、トレイシーさんに預かって頂こうかと思っています」

「オバさんは構わないわよ」

「スズ様は絶対兄様とご一緒したがると思われるのでございます」

「だろうな。そこはなんとか説得するさ」

「不可能なのでございます」

「説得する前から不可能って決めつけるなよ」

「スズ様は兄様に捨てられたと思うのでございます。それはつまり、自分はもう用済み。処分されると考えるのでございます。そして泣きじゃくるのでございます」


 う……

 ヤバい、その光景がありありと脳裏に浮かんでくる。

 否定できないのが悔しい。


「鈴ちゃんの安全を考えれば、置いていくのは当たり前だぞ」

「船を動かすには、スズ様は必要不可欠なのでございます」

「だから船は使わないって言っているだろ。そうだろ、エイル」

「それは……そうなのよ」


 なんだ?

 歯切れが悪いな。


「お前、まさか……」

「ナ、ナームコが動かせると思ってたのよ。現実問題のよ、あの船で行くのが正解なのよ」

「フブキと泥猪マッドボアに頑張ってもらえばいいだろ」

泥猪マッドボアは当てにならないのでございます」

「そんなこと言うなよ。なあアニカ」


 アニカを見ると、視線を逸らされてしまった。


「ごめん。ボクは力になれそうにないよ」

「じゃあフブキだけにやらせるっていうのか? アニカだって今のままじゃダメだって分かっているんだろ」

「分かってるけど、どうにもならないんだよ」

「どうにもならないって……最近はずっと俺にしがみ付いているだけで、なにもしてないだろうがっ。精霊のことは――」

「兄様、今はそんな話しはしていないのでございます」

「そんな話じゃ――」

「今はスズ様のお話の最中なのでございます。そのまま続けると仰るのでございましたら、スズ様に船を動かして頂くのでございます」

「う……分かったよ」

「!」

「アニカ!」


 アニカが食堂を飛び出し、出て行ってしまった。

 悪い、今は鈴ちゃんの方が問題なんだ。

 アニカは自分でどうにかするしか解決策はない。

 でも鈴ちゃんは大人が……いや、この際俺が大人かどうかはどうでもいい。

 とにかく大人が導いてやらなきゃダメなんだ。


「ですので、スズ様には船を動かして頂くのでございます」

「おい!」


 なんでそうなるんだよ。


「簡単な選択なのでございます。スズ様に〝もう船に乗らなくてもいい〟と仰るのでございます。そうやって精神的なダメージを与え、悲しみのあまり泣き崩れ、自己否定に陥り、兄様に縋り付いて〝捨てないで〟と懇願されることにより、他人に必要とされる充足感を感じて優越感に浸るといいのでございます」

「俺はどんな鬼畜だ」

「そうしようとしていらっしゃられるのは、兄様でございます。スズ様の精神的な安寧を願われるのでございましたら、船に乗せて供に旅立つことなのでございます」

「百歩譲って連れて行くことには同意しよう。だがそれでも船に乗せるのは反対だ」

「そうでございますか。ではタイム様、目的地までフブキ様に連れて行って頂くとしますと、どれほど時間が掛かるのでございますか」

『えっ、それは……』

「タイム、正直に答えていいんだぞ」

『その……なにも無ければ1ヶ月くらいで着きます』


 1ヶ月か……そのくらいならなんとか。


「現実的でないのよ」

「それではタイム様、船で向かわれた場合は、如何でございましょうか」

「日帰りできます」

「日帰り?!」


 しかも被り気味に即答かよ。

 それは……いや、でも。


「スズ様は船を動かすために作られた存在なのでございます。それを利用するだけなので、なにもおかしなことではないのでございます。スズ様を船から降ろすということは、その存在意義を、生まれた意味を否定するのでございますか」

「俺は鈴ちゃんにこの世界を普通に楽しんでほしいだけだ。兵器として生まれたからって、もう兵器として生きていく必要はないんだろ。一体誰と戦うっていうんだ。戦う相手だってもう居ないんだぞ。船に乗る必要はないんだ」

「鈴、もう要ない子なの?」

「鈴?!」


 振り向くと、鈴ちゃんが入り口に立っていた。

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