第99話 捨てたらダメ

「私たちも食べましょう。モナカさん、スズちゃん、座ってください」

「はい」


 渡されたスプーンをテーブルに置き、クッションを椅子の上に置いた。

 そして鈴ちゃんをかかえてクッションの上に座らせてやり、俺も自分の席に着く。


「ふわぁぁぁ! なにこれなにこれ!」

「ん? どうした?」

「これ、なぁに? 食べられるやえゆの?」

「そうだぞ」

「すごぉーい! くんくん、ふぁあ! 凄い匂い!」

「いつもはどんなのを食べてるのかな」

「んとね、ご飯の時は、点滴っていうのをここに刺して、そからこのくらいのちっちゃくて硬くて苦いのをいっぱい飲むの」


 それはご飯っていうのか?

 だって点滴となにかの錠剤だけってことだろ。

 病院食だってもっとまともだと思うぞ。

 つまり、これが初めてのまともな食事ってことか。


「クッションはどう? まだ低いかしら」

「クッション?」

「鈴のお尻の下にあるヤツだよ」

「んーん、平気だよ」

「そう? よかった。それでは、食べましょうか」

「うんっ!」

「鈴、ちゃんとご飯を作ってくれたトレイシーさんに〝ありがとう〟って言うんだぞ」

「うん、トイシーオバアさん、あがとう」

「ありがとうございます」

「ありがとう……ございます」

「ありがとうなのでございます」

「どういたしまして」


 鈴ちゃんはなにが食べたいんだろう。

 手が届かないだろうから、取ってあげないとな。


「このしおいツブツブはなぁに?」

「これはお米だよ」

「ふぉー、こがお米なんだ! なんかモヤモヤ出て面白おもしよーい!」


 お? 米は知ってるのか。

 そう思っていたら、いきなり素手で熱々のご飯を掴んだ。


「あうっ!」

「大丈夫か!」

「はぅー、取ないよー」

「あらいけない。モナカさん、流しへ」

「はい」


 鈴ちゃんを抱えて流しへ連れて行く。


「うー、うー」


 素手でご飯を掴んだら、熱いだろうに。

 なんでスプーンを使わないんだ?

 もしかして、使い方を知らない?

 もしかしなくても、食べ方自体を知らない?

 錠剤を飲むのに、スプーンや箸は普通使わない。

 それに錠剤は熱くない。

 むしろ冷たい。

 トレイシーさんが水を出してくた。


「鈴、お手々をお水で冷やしなさい」

「うー」


 鈴ちゃんが流しの水で手をかざす。

 その手をトレイシーさんが優しく洗う。


「あー、お米!」


 手に付いていたご飯粒が、水で流されていく。

 シンクでグルグルと渦を巻きながら、排水口に吸い込まれていった。


「ダメなの! 捨てたダメなの!」

「こら、暴れたら危ないだろ」

「残した捨てたしたら、捨てられやえちゃう!」

「これはいいから。誰も怒らないから」

「やーっ。鈴、平気だよ。食べられるやえゆよ。残したしないよ。だから捨てないで!」


 なんなんだ?

 〝食べ物は大切に〟以上のなにかを感じる。

 シャワーの時といい、この必死さは一体……


「大丈夫だよ。ちゃんと鈴の代わりに食べてくれる子が居るから」


 多分下水に住むネズミが食べてくれるさ。


「鈴が食べなきゃダメなの! いやーっ!」


 結局、鈴ちゃんは落ち着くことはなかった。

 ずっと「ごめんなさい」「もうしません」「ちゃんと食べます」「だから捨てないで」「お願いします」と、泣きながらわめき立て続けた。

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