私の人生、もうおしまい
パロミタ
訳者の言葉
「私の人生、もうおしまい My Career Goes Bung」は、19世紀末、オーストラリアの田舎に住む少女が大志を抱き、小説を書き、出版され……た事によって思いもかけない人間の様々な面を見せられる事になって起こる騒動、を描いたものです。作者はオーストラリア文学の賞「マイルズ・フランクリン賞」の元となった、マイルズ・フランクリン。
「カイニスの金の鳥[http://matogrosso.jp/Kainis/01.html]」という、やはり19世紀のイギリスを舞台とした、男性と偽って小説家となる少女の漫画を読んでいた時に、この感じ、ちょっと違うけど、私知っているぞ……?と思いました。それは、この「私の人生、もうおしまい」の原作というか前作にあたり、作者であるマイルズ・フランクリンの処女作でもある「我がすばらしき人生 My Brilliant Career」を読んだ時の記憶でした。
「我がすばらしき人生」は岩波文庫から「我が青春の輝き」という邦題で邦訳もされていますが(絶版)、オーストラリアでも出版当時センセーションを巻き起こしたようです。オーストラリアの自然の匂い、輝き、野性的な訛りが物凄い郷愁を掻き立て、また当時は共感を生んだだろう生活の苦しさ、ビジネスに失敗した英雄的な父の無様なまでの転落。そして何よりも強烈に強く、輝く主人公のシビラ。迸る知性と抑えのきかない激情。これは自伝だと思われただろうという生々しさです。
そう、本人としてはあくまでフィクションと書き、そしてどうも男性の筆名で出版したかったようですが(というか、狙って自分のミドルネームの中でも中性的な名前を選んだのだったかな)、アイデンティティを曝け出されて出版された結果、自伝だという扱いを受け、1901年当時21歳だった本人としてはトラウマな目にあったようで、その後死後10年経つまでは再版を許可しませんでした。没後20年以上後になって映画化もされていますが、この時も自伝的な演出がされました。
この「私の人生、もうおしまい」は、この本を出版した人物シビラを主人公にしたフィクションであり、元々は「我がすばらしき人生」のパロディ小説として、またまた仮名で出版する意向だったようですが、執筆直後には出版に繋がらず、結局40年以上経ってから1946年に出版が実現します(その時にも前作の再版の話が来たようですが、本人は頑として許さなかったようです)。その間に、マイルズ・フランクリンはアメリカやイギリスに渡り女性運動などに関わりつつ、20年近く経ってからオーストラリアに戻っていました。その間に男性名の覆面作家として作品を出版してもいます。
調べたら、没後50年以上が経過し著作権も保護期間が過ぎているようで、これなら勝手に翻訳して発表しても大丈夫そうだな、と思いました。
最初は、「我がすばらしき人生」の方を新訳しようかとも思ったのですが、今回「私の人生、もうおしまい」を改めて読んでみると(読んでみて分かりましたが、以前は途中までしか読んでいませんでした)、ごく純粋に面白かったのです。出版した時の周囲の反応と本人たちの生活への影響は、今のインターネットの世界で起きている事とそう変わりがありませんし、主人公シビラの考えは、現代から見ると過激であったり、極端であったり、今では時代遅れな部分もあると思いますが、それでも驚くほど力強く、現代とも共鳴するものであり、これはもう作者の才能、持ち味なのかと思いますが、ギラギラと輝くような魂の力が、凄い。
この作中にはオーストラリア先住民族であるアボリジニについての言及がほぼありませんが、それは時代の制約であり、そしてまた、植民地オーストラリアに生まれた白人の少女のひとつの現実でもあったのでしょう(私自身は未読ですが、作者の他の小説ではアボリジニへの直接的な言及があるものもあるようです)。しかしそれを念頭に置いたとしても、この作品には色褪せない力と価値があるように思えます。
そして、作中で主人公があまりにも「あんな若書き」みたいな書き方をするものだから、私も何か、前作の方は触れてはいけないような気分になってしまったのかもしれません。とにかく私は、このシビラという強烈な個性を日本語で紹介したくなっていました。
そういう訳で、「私の人生、もうおしまい」をご紹介します。他の事も進めながら現在進行形で訳していくので、あまり早い更新はできないかと思いますが、少しずつ最後まで訳出していければと思います。
私の訳者としての基本的な態度として、余計な情報を加え過ぎない、というものがあります。無論、ただの直訳は訳者の怠慢ですが、同時に、加えすぎる事も、原文や作者の意図をあまりにも損なう危険が生じます(翻訳自体が二次創作ではある訳ですが、それを踏まえても尚)。ですから、多少、意味が分かりにくくても(時代性ゆえにか、私も完全には意味が取れない箇所も含め)、出来る限りそのままに訳すように努めています。
それに、多少意味が分からなくても何だか勢いで読ませてしまう、そういう力が原文にはあるので、その勢いを再現しようとしました(しています)。
ちなみに、原書はこちら[http://gutenberg.net.au/ebooks09/0900281h.html]に全て載っています。「我がすばらしき人生」の方もこちら[http://www.gutenberg.org/cache/epub/11620/pg11620-images.html]に掲載されています。
どうぞお楽しみ下さい。
2020年10月17日
パロミタ 拝
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