An Aisling Rás Draíochta ~魔法の民の夢~

平中なごん

Ⅰ 洋上の世間話

 聖暦1580年代中頃、夏。西の大海の洋上……。


 晴天と良風に恵まれた穏やかな大海原を、銀色の装甲板を南国の太陽に輝かせながら、一艘の中型帆船が静かに波を切って進んでゆく……。


 世界最大の版図を誇る大帝国エルドラニアの王カルロマグノ一世配下の精鋭部隊〝白金の羊角騎士団〟は、彼ら専用のフリゲート艦〝アルゴナウタイ号〟に乗り込み、現在、エルドラニアが遥か海の彼方に発見した大陸〝新天地〟へ向かって航行中である。


 本来、プロフェシア教を異教や異端から護るために結成された宗教騎士団である彼らが、なぜそのような場所へ自分達の船で向かっているのかといえば、主君カルロマグノの意向により、新天地への航路を荒らす海賊討伐の任を羊角騎士団が命じられたからである。


 新天地の植民地からもたらされる銀をはじめとした巨万の富は、今やエルドラニアの財政を支える要であり、プロフェシア教国の王とはいえ現実主義者のカルロマグノは、護教よりもそちらの問題の方を重要視したということだ。


 昨今では個人的な海賊ばかりでなく、エルドラニアに敵対するアングラント王国やフランクル王国などが私掠免状(※海賊してもいいよ! という国公認の許可証)を発行して率先的にエルドラニアへの海賊行為を煽っていたりもするため、カルロマグノは羊角騎士団のような精鋭部隊……とりわけ、魔法剣の武功を以て帝国随一の騎士〝聖騎士パラディン〟に叙せられたその団長を頼みとしたのであった――。


「――団長、アスキュール先生がお茶を煎れてくれたのでお持ちしました」


 船長室のドアをノックすると、騎士団の魔術担当官であるもと・・魔女の修道女メデイアは、軍医兼料理長のアスキュール・ド・ペレスが煎れてくれたハーブティを持って中へと入る。


「ああ、すまない。それじゃ、アウグスト、一息入れようか」


「ああ、はい。手も疲れましたからな……」


 中では、船長席に座る騎士団長のドン・ハーソン・デ・テッサリオと、その傍らに出した椅子に座る副団長のドン・アウグスト・デ・イオルコが、各々自身の愛剣の整備をしていた。


 ただし、一つ二人の異なる点は、アウグストがあちこち刃毀れをしたブロードソード(※レイピアよりは幅広の近世的な戦用の剣)を砥石で研いでいるのに対し、ハーソンが傷一つない彼自慢の魔法剣〝フラガラッハ〟を布でピカピカに磨いているだけということだ。


「この前もあんなに激しい戦闘をしたのに、まったく刃毀れもしてませんね」


 十字型のヒルトに、古代異教風の渦巻き模様をあしらったその古めかしい柄に対し、反面、新品同然に輝く美しいその刃を見て、なんとはなしにメデイアはハーソンにそう尋ねた。


 ふと思い返せば、これまで何度となく彼がその剣で激しく斬り結ぶ姿をメデイアも目にしてきたが、その割には刃を研いだり、鍛冶屋へ修理に出すところを見たことが一度もない。


「ああ、まあ、一応、古代異教の民が造った魔法剣だからな。そこらの剣とは違ってすこぶる頑丈にできているようだ」


 その鏡のようによく澄んだ刃の面に金髪碧眼の整った顔を映し、ハーソンがそう答えると傍らのアウグストは、刃毀れしたそこらの・・・・剣を見つめながらダンディなラテン系の顔を渋く歪める。


 魔法剣――それは、遥かいにしえの時代、なんらかの方法で強力な魔力を宿して造り出された魔法の剣である。


 長い時間、このエウロパ世界の規範であるプロフェシア教会は〝魔術〟を悪魔のわざと退けてきたためか? その製造法は忘れ去られ、今の魔術では造り出せない、いわば失われた技術ロストテクノロジーとなっている。


 もっとも、教会も認める昨今主流の魔導書グリモリオを用いた典礼魔術で、召喚した悪魔の力を宿して疑似的な魔法剣を造ることはできるが、どこまでいってもやはり紛い物、その威力は古代のものにまるで及びもしない。


 故に現在、目にできる本物の魔法剣は伝製品か、遺跡で発掘されたものだけという大変希少な品であり、ハーソンの持つ〝フラガラッハ〟も、やはり彼が若い頃に遺跡で発見した代物だったりするのだ。


「あ、そういえば、団長がその魔法剣を手に入れた時の話って聞いたことありませんでしたね。いったいどこで、どんな風にして見つけたんですか?」


 アウグストの渋い顔は気にも留めず、そんな疑問に捉われたメデイアは続けてそんな質問を自然と口にする。


 もと魔女の魔術担当官として、無論、魔法剣に関しても興味がないわけではなかったが、ずっといろいろあって訊きそびれていたのだ。


「おお、その話か! 私は前に聞いたことあるが、それだけでもなかなかの大冒険談だぞ? 例えるなら異界にでも迷い込んだかのような、まさに騎士物語ロマンスの如き冒険活劇だ」


 すると、ふいにアウグストが剣から視線を上げ、パッと顔を明るくすると自分のことのようにそう答えた。


「いや、そこまで大それたものでもないが、確かに夢ともうつつともとれぬ不思議な体験ではあったな……そういえば、まだメデイアには話したことなかったか……」


 アウグストの言葉に、ちょっと照れ臭そうに否定してみせるハーソンであるが、どうやら自分でもそう感じている様子で、その時のことを懐かしむかのように遠い眼で虚空を見つめている。


「長い船旅でちょうど退屈していたところです。せっかくの機会ですし、お茶のおともに話してやってはいかがですかな? 私も久々にお聞きしたい」


 そんなハーソンに、実際、一月以上もかかる新天地への旅程で時間を有り余らせていたアウグストが、メデイアの助け舟になるようなことを図らずも言ってくれる。


「はい! ぜひぜひ、お聞かせください!」


 すかさずそれにメデイアも乗っかり、好機とばかりにさらにたたみかける。


「……そうだな、我らが騎士団の魔術担当として、あの出来事は聞いておいても損はないかもしれんな……よし。では、ゆっくりお茶でも飲みながら、昔話にお付き合いいただくとするか」


 二人にせがまれ、その頃の記憶が蘇ってきたのか? ハーソンもまんざらではない様子で魔法剣〝フラガラッハ〟発見にまつわる物語を静かに語り始めた。

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