生命の代償

林海

第1話 予兆(Premonition)


 俺はぐっしょりと濡れたTシャツのまま、布団から這い出した。

 夜気に急速に体が冷える。

 ぶるぶると体が震え出すのを、両腕で身体を抱くようにして抑えつけ、時計を見る。

 2時半。

 まただ。


 俺は、死ぬ。

 そんな、3日連続の夢。

 毎日夢は鮮明になり、何時、それが起きるかもわかった。

 3日後の、そう、土曜の下校時。

 城下町の堀と石垣のある十字路で、俺は車に轢かれて死ぬ。


 自分で自分を、バカじゃないかと思う。

 神経質になりすぎていて、だからこんな夢を繰り返し見るんだ。

 夢なんかで、行動を変えてたまるか。

 ったく。

 俺は、理系だ。

 オカルトなんか信じてない。



 夢は、4日連続となった。

 俺の精神は蹌踉めき、不安という範囲を超えだしていた。

 でも、まだやせ我慢ができた。あえて、そう、あえてその十字路を通って帰った。



 夢は、5日連続となった。

 親が心配し、級友からどうしたかと聞かれるほど俺の顔色は悪く、眼だけがぎらついていたと思う。

「俺は負けない」

 そう呪文のようにつぶやき続けて、いつものその十字路を通って帰った。



 夢は続き、当日となった。

 ついに、心が折れた。

「夢なんかに行動を変えられてたまるか」という思いは、いつの間にか「夢如きに意地を張って疲れる方がおかしい」という考えに取って代わった。

 俺は、その十字路を避け、大きく迂回して帰った。


 


 その夜。

 久しぶりに、中学時代のLINEが文字列を流した。


 元同級生の事故死。

 卒業後、半年もしないうちに一人欠けた。

 もう、全員揃っての同窓会はできない。

 まだ、最初の1回目すらしていないのに。

「バカが、無茶をしやがって」と読み進めた俺の手から、スマホが落ちた。

 事故現場は、十字路、事故発生時は、俺が土曜日にいつも通る時間、だった。



 俺が行かなかったから、代わりに同級生だったアイツが死んだ。

 きっと、そういうことだ。

 俺は逃げた。

 逃げたから、あの場所は代償を求めた。

 きっと、そういうことだ。

 ……俺は、殺人犯だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る