第33話 初陣
次の日から訓練が始まった。
と言っても村の男衆は労働力でもあるから、訓練だけをしている訳にもいかない。せいぜい早朝と夕暮れがその時間にあてられた。
指導するのはカルロスである。リアは集団戦闘の訓練というのは受けていない。前世を含めても、頭の中の知識でしかない。
だがカルロスは騎士として、盗賊討伐の経験がある。しかも騎士であるから、兵卒を率いて戦った経験である。
また見た目からしても、明らかにどこぞの騎士と知れるカルロスには、村人たちを従わせるものがあった。
「それにしても、どこからこんなにたくさんの槍を…」
「魔法です」
村長の疑問に、有無を言わさぬ口調でカルロスは答えた。このあたり、リアに似てきている。
残る五人は、村自体の防衛力の強化に当たっていた。
小高い丘の周囲の木々を切り開き、見通しを良くする。リアは刀の試し斬りに、自分の胴ほどもある木々をスパスパと切っていく。ギグも斧に持ち替えてそれを手伝い、切った木材は時空魔法でサージが収納して運ぶ。
ルルーとマールはその更に外側、村へと通じる通路以外の斜面に、罠を仕掛けている。故郷の村では狩猟を行っていたというマールが、記憶の奥から引き出してきたものに、村の猟師が手を入れたものだ。殺傷力はないが、戦闘力を奪うには充分だろう。
伐り出した木材は、村の柵の補強に使う。補強と言うよりは、むしろ新たに作り直すと言うべきだろうか。人が引いても動かないぐらい深く打ち込むと、先端をこれまた尖らせて、よじ登れないようにする。
「う~ん、刀の試し斬りにはいいんだけど…」
リアは不満だった。やはり一番最初に作り出した、前世で自分の持っていた虎徹より優れた刀が生み出せない。同じ虎徹でも更に切れ味の良いものもあるはずなのだが、その調整もきかない。
それでもオーガキングにもらった刀よりよほどの業物だというところが、さすがに創世魔法ということなのだろうが。
柵を補強したら、その間を少しだけ開けて、サージが土壁の魔法で埋めていく。強度はたいしたことないが、これで矢は防げるだろう。
だが結局、訓練の方は、ほとんど意味がなかった。
わずか二日後の昼、リアは彼方からやって来る兵気を感じ取った。
ギフトの一つである戦神の加護に、多数の兵の気配を察知するというものがある。奇襲をほぼ防ぐというまさにチートなものだが、初めて役に立った。
「サージ、警鐘を」
「了解」
サージが空間魔法で知らせると、村人が警鐘を鳴らす。これも金属部分はリアの魔法で作ったものだ。カンカンと響く鐘の音に、畑に出ていた村人たちが土壁の中へ退避してくる。
丘の上に敵影が現れたとき、既に村は完全な防備体制を整えていた。
戦える男は、全て槍か弓を持ち、防具に身を固めている。初めての戦いであるというのに、その顔に恐怖の色はない。
(なるほど、これがギフトの力か…)
こっそりと鑑定の魔法を使ってみると、軒並み能力が上がっている。おそらくその他の効果もギフトの説明通りに働くのだろう。
(私の兵…)
ぞくり、と血が沸き立つ。これから死線に赴かせるかもしれないと考えても、罪悪感はない。
これは、本来彼らの戦争なのだ。人としての尊厳を保つため、自己の独立を保つため、戦わなければいけないのだ。
見張り台の上から眺めていると、騎馬が一騎やって来る。
村まで充分な距離を保った場所で、演説が始まった。
なにやら、この村は今まで税を納めていなかったということ。その代わりとして村人を徴用するということ。これに抵抗するなら、反逆として処罰するということ。
裏事情を知っているリアからすれば、鼻で笑うような理屈である。
おそらく奴隷狩りに失敗して、しかも兵を大量に失ったことを、どうにか理由付けようとしているのだろう。
食料などを徴発しようとして、逆らわれてこれを殲滅。その過程において兵を失う。
そんな理由で果たして処罰から逃れられるのかは疑問だが、どうやら戦闘は避けられないらしい。
さて、勝利条件を確認しよう。
コルドバ兵はあくまでも、この村を国の指針として支配しようとしているわけではない。
もはや大隊長の保身のためだけに、犠牲を必要としているのだ。ならばその指揮官を殺してしまえばいい。あとは副官なり他の士官が兵を退けるだろう。
もしそれでも退かなければ、指揮官を徹底的に殺しまくる。兵卒だけになれば、統率も取れずに逃げ出すはずだ。
そしてもう一つ大切なことは、味方の被害を最小限にすること。
可能ならば一人も殺させてはならない。そのために長柄の槍を作り、土壁を作ったのだ。もし一人でも殺されれば、笑って見送られることも難しいだろう。
「まずは、声の大きな者から殺していくか…」
特大の火球を生み出したリアは、なおも演説を続ける騎士に向かって、それを放った。
騎士が火柱になって、戦闘が開始された。
コルドバ軍からは弓が放たれるが、そもそも高台にある村に、土壁まで作ってあるのだから、よほどのヘマをしない限りはこちらに損害はない。
(馬は可哀想だったな…)
人を殺したことには全く後悔はない。見張り台から飛び降りたリアは、土壁の上に跳躍する。
突然現れた人影に、コルドバの矢は集中する。だが一つも当たることはない。
風がわずかずつではあるが、その射線を逸らしている。マールの使う精霊魔法だった。
コルドバ兵が村への坂道を登ってくる。こちらは数少ない弓を、よく狙って射る。鎧に跳ね返されるものもあるが、何本かは敵を減らしてくれた。
道に敵兵が集まったところに、サージの魔法が炸裂した。横に向けて放たれたエクスカリバーが、部隊丸ごと敵兵を切り裂いて、地面に大きな跡を残した。
これで敵兵は正面からの突撃が出来なくなった。道を避け、門の両側へと広がっていく。
(敵に魔法使いがいたら大変だったが、これなら楽勝か…)
あとは、どれだけ村人に被害を出さないか。
敵の本陣の様子を、リアはじっと見つめていた。
見張り台の上から、爆裂火球の魔法を放つだけの、簡単なお仕事です。
用意してもらった大盾からちらりと顔を覗かせては、サージは魔法を撃っていた。
人が集団として集まっているところに、火球を落とす。歩兵の盾や鎧でも、炎は防げない。エクスカリバーを連発するよりも、よほど効率はいい。
「慣れてきたなあ……」
呟く。人を殺すことに、本当に慣れてきていた。
元々魔法で殺すのは、あまり罪悪感がない。リアのように前世の記憶を持ちながら、手ごたえのある武器で人を平然と殺せることの方が異常なのだ。
それでもやはり、まだ罪悪感がある。兵隊たちは元々、サージと同じように平民が集められたものだろう。それを殺すためには、なんらかの言い訳が必要だった。
リアは、命令してくれた。
命令だから殺せと言ってくれた。
全ての責任は自分にあると、たとえそれが建前でも、言い訳でも、サージの罪悪感を肩代わりしてくれる。
それにこれは、守るための戦いだ。侵略戦争ではない。
自衛隊のように、平凡に日々を生きる人々を守る。そのためなら、戦えるだろう。
サージは自分もリアのギフトの範囲に入っていることに気付かなかった。
カルロスとギグはそれぞれ下士官のように、土壁を乗り越えようとする敵兵を排除すべく、指揮を執っていた。
カルロスは時折壁の上に顔を出す敵を、矢を放って射殺していく。ギグはそれよりも投石の方が効率がいい。
マールは矢の勢いを弱らせることを風にお願いして、全力を集中している。ルルーは治療役として待機だ。本当なら攻撃魔法を使いたいのだが、リアに禁止された。
とにかく味方には被害を出させないと。
1000を超える敵兵に対して、それは奇跡のようなことだろう。
だが、リアなら出来るかもしれない。そうも思うのだ。
およそ900の敵が、囲むように村の周囲に広がっている。
こちらが用意できた戦力は、せいぜい200だ。それも、とても精兵とは言いがたい素人ばかりである。
だが、士気は高い。
ただでさえ自分たちの村を守ろうという意識がある上に、リアのギフトの影響下にある。戦えば、互角には戦えるだろう。
だが、互角では駄目なのだ。
数の上で大きく負けている。村の中に侵入されたら、間違いなく被害が出るだろう。それでは勝利とは言いがたい。
だから、頭を潰す。
「そろそろ出るか」
土壁から降り、用意していたマツカゼに乗る。マツカゼは馬鎧を付けている。記憶を元に作ったものだが、それなりに役には立つだろう。重量をかけないために、リア自身はいつもの革鎧だ。
そしてリアと共に突撃するのはルドルフである。レベル45の魔物の力、果たして普通の兵に止められるものか。
「門を開け」
村人が急造りの閂を外す。そしてリアはマツカゼに乗り駆け出す。
一騎駆けだ。
いや、ルドルフを合わせると一騎と一匹か。
ルドルフが先導し、その巨体で兵士を跳ね飛ばしていく。コルドバの兵士の兵装は、通常長槍だが、ルドルフの毛皮を貫くほど、腰が入っていない。
その後ろを、マツカゼが駆ける。
リアは長柄の十文字槍を持ち、邪魔になる兵士を仕留めていく。時折騎兵が向かってくるが、どれも一合とリアと打ち合うことはない。
やがて丘の上、歩兵に守られた指揮官が見える。コルドバの大隊長は赤いマントを羽織っているので、すぐにそれと分かる。
歩兵たちの持つ木盾の上を跳躍し、リアは大隊長の元へ辿り着いた。
すごい顔をしている。戦場で化け物に会うことなど、ままあることであろうに。
「き、貴様何者」
「知るか!」
槍が一閃。大隊長の首が飛んでいた。
周囲にいる、おそらく士官であろう騎士たちも、動く暇がなかった。
大隊長の体が馬から落ちる。そこでようやく反応し、リアに向かって武器を構える。
「奴隷狩りを行っていた責任者は死んだ。まだやる気か?」
ひゅん、と槍を旋回させる。その後ろでは、ルドルフが歩兵たちを蹂躙していた。
ヘルハウンドを連れ、たった一騎で指揮官を討った、まだ若い少女。面頬を下ろしていても、声で分かる。
「一体何者だ!?」
指揮官と同じ質問をしたのは、年嵩の士官だった。おそらく副官の立場にある者だろう。今度はリアもきちんと答えた。
「村に雇われた傭兵だ。名を名乗るつもりはないぞ」
リアの持つ威圧感に、士官たちは後ずさらなくても、その馬たちが怯えている。馬の気持ちは乗っている人間も分かるものだ。
そしてこの副官は賢明な人間だった。年を重ねて、逆らわない方がいい存在があることを知っていた。
「撤退の鐘を鳴らせ。駐屯地に帰還する」
「それでいい」
リアは馬を巡らすと、そのまま丘を駆け下りる。今度はその後ろを、ルドルフが付いていく。
戦場を駆け抜ける高揚感が引いていく。去ったばかりの丘の上から、鐘の音が一定のリズムで鳴らされている。
それは戦場全体に響いて、戦いの終わりを告げていた。
コルドバ兵が引いていく。
その中をただ一騎、黒い装いの騎兵が村へと戻ってくる。
村の中から歓声が上がる。それを聞きながら、リアが気にしていたのは味方の犠牲のことだけだった。
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