第12話 オーガの村
迷宮都市シャシミール。大陸北西に位置するその都市には、名前の通り迷宮が付属している。むしろ、迷宮に付属して都市が発達したと言ってもいい。
発見されたのはおよそ1000年前。さらに北西に向かえば、大陸で最も凶悪と言われる暗黒迷宮があるのだが、それ以外には周囲に特に目立った都市や遺跡はない。それにもかかわらず、シャシミールを訪れる者は多い。何故か?
それはシャシミールの迷宮の持つ、大陸でも唯一の特性による。
不死の迷宮とも、試練の迷宮と呼ばれるその迷宮では、死者が出ない。
死んだはずの者は、迷宮の外へ転移するのだ。
他にも色々と特徴はあるが、その一点が、シャシミール迷宮が他に例を見ない探索者たちを集める要素となっている。
その迷宮都市へもう数日という夜、焚き火を囲みながら一行は食事をしていた。
「それで姉ちゃんは何がしたいんだい? レベル上げ? お宝? それとも願いを叶えるってやつ?」
サージの知識でも、それぐらいのことは知っている。迷宮の最奥にたどり着いた者は、莫大な財宝を得るか、願いを一つ叶えてもらえるという。
だがリアの性格からして、とにかく強いやつと戦いたいだけという可能性もある。
ルルーにしても、その目的は知らされていない。半ば勝手についてきたのだ。自然と話してくれるまで、待つつもりだった。
「まあ、その全てであることは確かなんだが…やはり、願いを叶えてもらうということだな」
男に戻りたい。もしくはその方法を知りたい。それは生まれてからずっとリアが持っていた願いである。
だがそれを言うわけにはいかない。
「リアが願うことなんて、何かあるんですか? 強くなるなら自分で努力するでしょうし」
一番付き合いの長いルルーにさえ、それは知らされていない。アガサとルーファスにだけは、男になる魔法があるのか、という問いかけはしたことがあるが。
「お嬢なら、すごくいい武器が欲しいとかですかね?」
リアの刀の収集癖は、騎士団の者なら誰でも知っているものだった。
「秘密だ。もし叶うなら、自然と分かることだしな。それに叶えられない願いというのもあるらしいし」
迷宮の中で死んだら大丈夫なのに、外での死者の蘇生は出来ないと伝説にはある。
「一応文献は調べてきたから、町に着いたら攻略を詳しく考えよう。それまでに知らせておかないといけないことは…ああ、一度に6人の組までしか入れないことかな。サージが入ったから、7人分になるのが問題だな」
一同、顔を見合わせる。その怪訝な顔を見て、リアも首を傾げる。
代表して尋ねたのはサージだったが、尋ね方が問題だった。
「姉ちゃん、数の数え方知ってる? ここにいるのは4人だよ? 4は6より少ないんだよ?」
「お前ね、私を何だと思ってるの。馬を置いていくわけにはいかないだろう?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え? って、え?」
今度は代表して、カルロスが答えた。
「お嬢、普通迷宮には馬は連れて行きません。宿に預けて行きます」
ドラクエ3で止まっている人間には、意外なことであった。
国境を越えてはや半月、ひしひしと感じるのは、カサリア王国がいかに安全な国であったかということだ。
もちろん辺境には盗賊もいたし、魔物の徘徊する森も点在した。だがそれは、そこを避ければ良いだけの話であった。しかしカサリア国外になると、道は舗装されていない箇所が多くなり、野宿の危険性も圧倒的に高まる。
睡眠軽減というギフトを持つリアは、その点で貧乏くじを引いたようなものである。
「明日には大きな村があるから、そこで休めるよ」
この辺りの地理については、さすがに地元のサージが詳しい。
「おいらも行った事はないけどさ。オーガの村だよ」
「オーガか。それは楽しみだ」
リアの闘争本能が刺激される。
そもそもオーガは、かつて魔族の一翼を担う亜人であった。はるか昔には人食い鬼と呼ばれていたものだ。
それを屈服させ、人類の文明に教化させたのが、リアのご先祖様であるレイテ・アナイアである。これがほぼ1000年前の話。
以来オーガはカサリアの友邦として、北からの魔物の侵入を防いできたという事実がある。
性質は好戦的で武を好むが、一度した約束は守るという美点もある。
「それにしても、ここらは亜人や獣人が多いな。ドワーフやハーフリングなんて、人口の半分以上を占めてるんじゃないか?」
サージの住む村にも、ドワーフ、獣人、ハーフリングの一家がいくつか住んでいた。
「森林地帯と山岳地帯が多いからね。エルフの集落もあるらしいよ」
「するとルルーさんの父親もこっちの出身なんですか?」
「いや、あたしの父親は大森林出身だそうです」
大森林は大陸の北東部を占める広大な森林部を指し、その奥深くにエルフたちの集落があるという。
「話によると、大長老クオルフォスの血を引いていたそうですけどね」
「うわ、伝説の大英雄の一人じゃん」
サージが興奮したように叫ぶ。2000年前の人物だが、エルフにとってはつい最近のことだろう。
「それを言うなら、私のご先祖は聖帝リュクシファーカ、武帝リュクレイアーナ、始祖レイテ・アナイアとなるぞ」
茶化すようにリアは言った。要は先祖をたどっていけば、一人ぐらいは有名人はいるということである。
「有名人の子孫よりも、時空魔法を使える人間の方がよほど貴重だと思うよ。あたしには全く適性がなかったからね」
「良かったら教えるよ。その代わりルルーもおいらに色々と教えて欲しいけどさ」
「あ! ルルーさん! それなら俺にも教えて欲しいです! 騎士なら治癒魔法ぐらい覚えておかないといけないし!」
なぜか子供と張り合っているエルフスキーの男がいた。
「うわ~、大きいな~」
あまりにも素直な感嘆の声を上げたのはリアである。
一行は予定通り、オーガの村に入っていた。
村と言っても人口は2000人ほどもある。そして何より、大きい。
村としては大きいというのもあるが、建物が大きい。道を歩くオーガが大きい。
平均的な身長は2メートルを超えているであろう。おまけに女のオーガは、おっぱいも大きい。
「公衆浴場ないかな~」
思わずそんなことを呟くリアである。その考えが手に取るように分かるルルーはため息をついた。
「それよりまず、宿屋でしょう。あそこがそうでしょうか」
おおよそ宿屋は食堂も兼ねており、一行の先の建物もそのようなものらしかった。
だが突然、その扉が勢い良く吹き飛び、巨体のオーガが転がり出た。
「おお~、すげ。オーガの国は修羅の国」
のんびりと呟くサージの声を背に、リアは馬から飛び降りわくわくとした顔で現場に急行する。
壊れた宿屋の入り口から、もう一体のオーガが現れた。どちらかというと小柄なオーガなのだろう。それでもリアよりは頭二つ大きいが。
最初に吹き飛ばされたオーガは立ち上がり、うなり声と共に小柄なオーガで襲い掛かる。
そして乱闘が始まった。
殴る、蹴る。殴る、蹴る。
単純な乱打戦だが、迫力はものすごい。周囲の観衆も無責任な野次を飛ばす。
止めようという者は一人もいない。オーガ以外が止めようとしても、止まるものではないだろう。
だがその喧嘩は、それほど長くは続かなかった。
小柄なオーガの方が、回転の速い拳打を繰り返し、大柄なオーガを圧倒する。
(マイク・タイソンみたいだな)
感心しきりなリアであるが、戦いは既に終わりかけていた。
大柄なオーガは戦意を喪失し、今にも倒れそうである。
しかし小柄なオーガの拳がそれを許さない。前のめりになるオーガを適度に突き、かち上げ、倒れることを許さない。
「お~い、もういいんじゃないかな~」
誰も止めないので仕方なくリアは声をかけたが、小柄なオーガは止まらない。
周囲もその異常さに気付いているのかもしれないが、止めようとはしない。止められないのかもしれない。
仕方ないな、とリアは思った。
誰も止めないなら、私が止めるしかないな、とリアは思った。
本当に仕方がないな、と嬉しそうな顔で、リアは止めに入った。
そのほっそりと見える手が、オーガの拳を止めた。
突き出した拳を引こうとした瞬間、最も力の入らない一瞬の出来事だった。
驚愕の表情を浮かべるオーガ。もう片方の腕が、引き離そうとリアに伸ばされる。
その手を逆に掴み取り、掴んでいた手のほうを放すと、自然とバランスを崩してオーガはたたらを踏む。
両手で相手の右手を掴み、こればかりは力任せに一本背負い。
ずしんと重たい音を立てて、オーガが地に叩きつけられる。
何が起こったのか、投げられた方が分かっていない。それほど痛みのない投げ方だった。
「頭は冷えたかい?」
優しく問いかけるが、油断はしていない。ここから逆上して襲い掛かってくる可能性もある。
何しろ全くダメージを与えていないのだから。
だが事態はリアの予想の斜め上を行った。
がばと起き上がったオーガはそのまま頭を下げ、割と高い声で叫んだのだ。
「姉御、俺を弟子にしてください!」
オーガのギグ。
このとき12歳であった。
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