第6章 5
差し出された素焼きのマグから立ちのぼったのは大層香ばしく、そして甘い香りだった。
ほわりと湯気を立てる液体は紅茶よりやや色が薄く、その中には小さな金木犀の砂糖漬けが星屑のように浮かんでいる。
鮮やかな黄色の上で映り揺らめく己が像をぼんやりと見遣ったまま、ハルは何とも所在なさげにため息をついた。
「ウチで採れたオリーブのお茶だヨ。冷めなイうちにドウゾ〜」
どこか居心地悪げに座り尽くす青年達を、濃桃色のどんぐり眼が面白そうに見つめる。
狭い寝室を包むぎこちない雰囲気を知ってか知らでか。自らも小さなマグを手にした少女は、ハルが座す寝台の隅にひょこりと腰を下ろした。
「この辺土地が痩せテてネ。オリーブくらいしか育たナイんだケド、お茶も結構イケルのよン。お客サマ用にトクベツに調合シタから、ゼヒゼヒ飲んでネ」
「そ……それはどうも……ありがとうございます」
馬鹿正直に礼を述べたアースロックに右手を振り振り、少女――シネインは幸せそうな表情でお茶を啜った。
「でもサ、良かったネ~、二人トモ、元気ニなって!特ニそっちのハルさん……ダっけ?アナタ、ヤバかったヨ?血はとまらナいし、内臓出かけテたし。正直、もうダメかと思ったケド……まさかの生還ネ。ホント、ホッとしたヨ」
「…………」
からからと恐ろしい事を言い放った少女の笑顔に、ハルの頬がぴくりと引きつる。
半笑いのまま凍った青年に代わり、控えめな疑問を投げかけたのは、同じく顔を強張らせたアースロックだった。
「あの……領主、ってことは……その、やっぱり……」
「おサッシの通り、貴族ダヨ。とはいってモ、第六位の超下っ端だけどネ」
「第六位……?」
「……ウチの国、一口ニ‘貴族’って言っテも、イロイロあるのよン」
不思議そうに首を傾げたアースロックの言葉に、シネインはひょこりと肩を竦めた。
「ルナンの貴族は
右の親指で地を指すようなジェスチャーとともに、少女は大仰な仕草でむくれてみせた。
「
「そ……そうですか……」
次々と投げられる言の葉に目を白黒させたアースに構うことなく、シネインが不意にその笑みを深める。
栗鼠のようによく動く双眸は……しかし銀髪の青年ではなく、真っ直ぐハルへと向けられていた。
「……で、ハルさん、だよネ?」
半音下がった呟きに在るのは、あくまで無垢な……しかし驚く程に鮮やかな昂揚。
その異様な強さに気づいた時、胡乱げに絞られたハルの瞳は既に、濃桃色の視線の網にがっちりと絡め取られていた。
『あなた、どこのおぼっちゃま?』
不意打ちのように響いたこの国の言に、ハルの面がはっと凍る。
その愕然たる気配を知ってか知らでか。相も変わらぬ笑みを浮かべたまま、シネインは再び弾むような科白を紡いだ。
『目の色が呪力に比例することくらい、誰だって知ってる。あなたみたいに綺麗な赤色の目、一発で貴族って分かるわよン。それも、相っ当高位のね』
見開かれたふたつの
『大体、あの怪我で生きている事自体がおかしいもの。即死してもおかしくない傷を、たかだか三日で治すなんて、とてもじゃないけど普通じゃ無理。それこそ、皇族か第一位貴族レベルの呪力の持ち主でもなければ、ね』
『…………』
飄々と流れ続ける言の葉の下で、ハルがさりげなく右の拳を握る。
その動止を知ってか知らでか。薄茶の服を纏った少女は、素知らぬ体で花茶を啜った。
『その高位貴族様が、フィルナ人と一緒に行き倒れているなんて……。これは一体、どういうことでしょう?』
『……何が言いたい』
凍り付いた部屋の空気を切り裂いたのは、あくまで淡泊を装った疑問符。
その硬度に気付いたアースが顔色を変えるよりも早く、シネインは再び薄い肩を竦めた。
『取り引き、しないかなって思って』
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