第3章 ぽんしゅとリキュールとそれから魔王

第53話 四天王の中で最弱?

「フローリア様。流石に魔界にいると、ぼくよりも魔王の影響力の方が強いみたいで、魔物は言うことを聞いてくれなくなりそうであります」



 言いながら、パーボスを境界の向こう側に追いやるホック。

 なるほど、確かに人間よりも魔王の言うことを聞くのは当たり前か。

 境界の向こう側からこちらを見ている(ように見える)パーボスは、どこか寂しそうである。



「あ、ってことは移動手段がなくなるのか」



 魔王城でプリクラ撮れたら間違いなく『徒歩で来た。』って落書きするね、これは。

 しかし徒歩かぁ。

 ここから見る限り魔王城っぽいものどころか何にもないし、魔界の道のりはなかなかに険しそう。

 悩んでいても仕方がないので、とりあえず歩いてみることにした。

 境界から真っ直ぐ、魔界の奥?に向かって行くような感じで。

 植物も何もかも枯れ果てたみたいな大地は乾いていて、転がる大小さまざまな石ころが歩くのにもかなりの邪魔。

 足首捻りそうになって、イラっとしてしまった私。



「リオン、石、じゃま」


「任せてよ」



 嬉々として目の前の石を風でどかしてくれるリオン、なんて便r……役にたt……いい人なんだろう。


 空はどんよりとしていて、時々遠くの方で雷が光る。

 しばらく歩くと真っ平だった地平線がデコボコしだした。

 山があるのかな?

 最初のうちは大量の魔物が襲ってくるのを覚悟して、それなりに身構えていた私たちだったが、だんだんその警戒も薄れていく。

 もっと入れ食いを想像してたんですけど!?



「なーんで魔物、出てこないの?」


「お前の噂、魔界にも広まってるんじゃないか?」


「そんなバカな」



 もしそうだとしたら最悪もいいところだ。

 何のために魔界に来たのか分からなくなってしまうくらいには。

 絶対に新しい魔物を食べる、もしくは魔界特有の食べ物を発見してやる。

 気合いも新たに歩く私の前にソレが姿を見せたのは、きっと日頃の行いが良いおかげだろう。間違いない。



「見たことない魔物キター! 行くわよヤロウども、大事なお肉を無駄にしないように確保かくほーーー!!!」



 巨大なカタツムリみたいな、球体に近い殻のようなものを背負ってじっとしている魔物。

 私たちの気配を察知したのか殻の中に身体を隠そうとするのだけど、すごい動きがゆっくりで、サビたちの攻撃を受けてしまっている。

 やや弱いモノいじめ感があるけど、この世は弱肉強食。私の糧になっていただきましょう。

 みんなも慣れたもので、魔物の身体に付ける傷は最小限。無駄のない狩りである。


 倒れ伏した魔物の血抜きのために近付いて、殻の中身が気になった。

 殻も防具とかに加工できるなら売れそうだし、持ち運びのためにもくだいてしまおう。

 みんなの手持ちの武器では割れそうになくて、どうしたもんかと考えていると、ローグスさんが前に進み出た。いつになくにこやかに。



「本当に、あなたの仲間になってよかったと思いますよ。魔界に足を踏み入れられたばかりか、今まで見たこともないような高硬度の魔物にお目に掛かれるなど」



 くるくると肩を回し、殻に向かって構えた後、瞳が閉じられ深い呼吸の音が響く。

 ローグスさんはいつも後方支援というか、サビとセリの取りこぼしをそっと片付けるみたいな動きばっかりだったから、ついに本気が見られるということなんだろうか。わくわく。



「ふっ……!」



 ローグスさんの瞳が赤く輝いたかと思うと、目にも止まらぬ速さで繰り出された(と思われる)拳が殻にヒビを入れた。

 三十センチほどのヒビを見て、やれやれと首を振るローグスさん。

 これが限界ってことなのかな?と思っていたら、それはもう楽しそうに殻を殴りまくり始めた。



「ローグスさんも、あんなムキになるんだね」


「初めて見たな」


「でも楽しそうだね」



 サビとセリを鍛えてる時も楽しそうだったけど、今はそれ以上にキラキラしてる。殻に入ったヒビはどんどん広がっていき、しばらくして真っ二つに割れた。

 重量もかなりあったらしく、砂煙を上げながら地面に落下していく殻。

 そして出てきた殻の中身といえば、とんでもない代物だった。



「これ、魔石だ……」



 魔界の薄暗い空の下でも輝いて見える巨大なそれは、深い紫色をしていて、ただそこにあるだけなのにかなりの魔力を感じる。

 魔石が、殻の中みっちみちになるくらいまで成長したってことなんだろうか。



「この魔物、魔力を溜め込んで固められるってこと? 生まれつきこれを持ってるってことはないよねぇ」


「魔界は空気中の魔力濃度も高いみたいだし、きっと溜め込んだんだと思うよ。何年溜め込めばここまでになるのかは想像もできないけど」



 リオンが溜息を吐きながら魔石に手を伸ばす。

 触れるか触れないかという時、周囲に竜巻めいた風が吹き荒れたかと思うと、魔石の上に人型の魔物が浮いていた。

 コウモリに似た羽根を背中から生やしていて、ぱっと見はいわゆる悪魔みたいだ。

 オレンジの炎のような髪を逆立て、これまた燃えるような赤い瞳でこちらを睨んでいる。



「て、てめぇら、オレの宝に手を出すとはいい度胸してるじゃねぇか……!」


「誤解です! 私は肉が食べたかっただけなので!」


「はぁ? エーゴールの肉なんざ毒まみれで上手くもなんともねぇだろうが!」


「毒! 毒がある肉の方が味わい深いことの方が多いんですよ! 毒なんて効かない身体になっておけば問題なしです! 魔石をお渡しすればいいですか? 肉は食べてもいいですか? それともあなたも肉、食べますか? 焼きますよ?」


「なっ、お、お前の言ってることが全然分かんねぇ! 何なんだお前! オレにそんな口聞いていいと思ってんのかよ!」


「あ、失礼しました。私はトリキの錬金術師、名をフローリアと申します。あなたのお名前は?」


「こ、ここにいてオレを知らないだと!? 魔界の四分の一はオレの、キューズミック様の支配領域なんだぞ! 魔王様から直々に任されて……っていうか、お前以外のやつ、人間か……?」


「魔王様から直々に!!! それは四天王というやつなのでは!? ちょうどよかった私、魔王様に用があるんです、魔王様の元まで案内してください! でもそれより先に、とりあえず肉を食べましょう! 私以外は人間ですけど、そんなのは些細なことでは? 人肉が食べたいタイプの方だったらちょっと我慢しててくださいね。焼き鳥を焼くのでぜひ人肉より焼き鳥を広めてください。あ、魔物の肉は食べないとか言いませんよね?」


「何だコイツ、言葉が喋れると思ったのに話が通じねぇ!」


「あー、キューズミック殿。これはスイッチが入ると止まらないんだ。申し訳ないがとりあえず肉を食べてくれないか。焼き鳥を美味しいと言って食べてくれれば、爆発してその後、大人しくなるはずだから」


「す、すぐに、やや焼きます!」



 毒消しにしたヒメリロイをもしゃもしゃと食べながら、エーゴールの肉を捌いていく。肉も魔石に似たドギツい紫色をしていて、見るからに身体に悪そう。

 でもそんなことで食べるのを諦める私ではないわけで。

 みんなも分かってるから何も言わずに肉を焼く。

 もちろん、みんなにもヒメリロイを食べてもらうよ。

 キューズミックさんはすっごい嫌そうな顔をしてたけど、何だかんだでエーゴールの肉に興味があるのかもしゃもしゃ食べた。よし。


 食べやすい大きさにカットした肉を、火の上に設置した網で焼いていく。

 立ち上る煙を吸い込んだらしい鳥型の小さな魔物が数体地面に落下した。



「これは、相当ヤバめの毒がありますね……!?」


「だからやべーって言ってんだろが!」


「まぁ、食べますけどね」



 いい具合に焼けた一枚を、ふーふーしてからパクり。

 ピリリと舌に感じる刺激は、七味の風味に似ている。

 肉に歯を立てるとじゅわりと染み出してきた肉汁からもやはり刺激が。

 何も付けていないのに、軽い塩気があってそのままでも十分美味しい。



「ほら美味しいー!」


「こ、これは……!」



 私を真似て一切れおそるおそる口に含んだキューズミックさんは、目を輝かせた。

 そして、肉を切っていたセリに向かって塊肉を注文する。

 直接火に翳してじっくり焼き上げた巨大な肉の塊に齧り付くキューズミックさん、これは堕ちたな。


 しかし、カットされた肉よりも塊肉を好むとは……予想はしていたことだけど、焼き鳥を魔界に広めるのはかなり難しいかもしれない。

 いや、でも諦めないぞ。

 もしかしたら彼は四天王の中でも最弱で、野生の魔物にかなり近い性質を持っていて、魔王様やらその他の四天王のみなさんはもっと慎ましいかもしれないし。



「お前、なんか今すげームカつくこと考えなかったか?」


「めっそうもない」



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