第51話 ホック、ウォーララになる

 歓迎会が終わり、ラミララさんが家に案内してくれることになった。

 今は血液を提供してくれる相手と一緒に住んでいるのだそうだ。


 私たちを泊められる家がないと言われたのだけど、私は家をすぐに建てられるから大丈夫だと言うと驚かれた。

 幸い、里に住むウォーララの人数はそれほど多くなく、空いている土地が多い。

 他の家や畑のない場所にならどこにでも家を建てていいそうだ。

 せっかくなので、ララミラさんの住む家の近くにしようかなと思いながら、里の中を歩いた。


 だいぶ陽も落ちて薄暗くなってきた森の中に、数メートル間隔でぼんやりと明るくなっている場所がある。

 蛍みたいに身体を光らせているトンボみたいな虫が、カゴに入れられて木からぶら下がっているようだ。

 なんだか幻想的でいい感じ。

 里にいる人たちはみんなウォーララだから、水色の髪の毛が光に透けてすごく綺麗だ。



「ここだよ」



 ラミララさんが家を指差すと、ちょうど中から男の人が出てきたところだった。

 彼はこちらに気付くと、嬉しそうに近付いてくる。

 そしてラミララさんを優しく抱きしめ、頬にキスをした。

 横にいたコーリリアが、驚いた顔をしてラミララさんを見つめている。



「し、師匠……まさか……」


「あー、うん、そうだね。ありがたいことに一目惚れしてくれてさぁ。血もくれるって言うから甘えてたら、なんか絆されちゃって」


「ししし師匠に、ひ、一目惚れ……!」


「まぁ、そういうことだから、あの家はお前にあげるよ。私はもう、ここから出ないだろうから」


「う、羨ま……う、えと……ありがとう、ございます……」



 ラミララさんと一緒に住んでいる男の人は、ヒュースという名前なのだそうだ。

 ウォーララは全員美形なのか?ってくらい、里で会う人会う人みんな顔がいい。

 ヒュースさんも例に漏れず、水色の長髪から覗く高い鼻、長いまつ毛に薄い唇。

 セリよりも優しげな眼差しが、ラミララさんを見るとさらに甘くなる。

 あ、あまーーーーい!

 うーん、ごちそうさまです。


 サビと一緒になって剣を振り回すようになってから、セリの顔付きはだいぶ肉食系になってきたような気がする。

 イケメンなことには変わりないから、全然問題なく看板息子でいてくれると思いますが。うん。


 私はラミララさんの家の隣の何もない場所に、今日眠るための家を建てた。

 ホックはまだ帰ってきていないみたいだけど、寝床だけは用意しておく。

 歓迎会で完全に満たされたお腹を抱え、ごろりと寝転ぶ。


 最近色々とあったせいか、私はすぐに眠りに落ちるのだった。





 次の日、いつの間にか戻ってきていたホックが、いい笑顔で頷いたので、どうやらホックの行った実験は上手くいったらしい。

 というわけでホックをウォーララにすべくセリの血をもらうことにした。


 実は、いままでも時々セリから血液を提供してもらったことがあって、使い切らなかった血液が多少残っている。

 今日もらった血液も合わせると、それなりの量になる。

 ただ、それでも成人男性の血液を全部入れ替えるほどはない。

 なのでちょっと実験をしてみることにしました。


 ホックの腕から血を少しもらい、セリのものと並べる。

 ウォーララの血液からは、微かにウォーララ特有の魔力を感じた。

 血の色は普通に赤いから見た目はホックのものと変わらないけど、少し集中して見ると二つの血液は見分けることができる。


 血を入れ替えるって話を聞いた時から、私としては不安だったんだよ。

 血液型とか、輸血できる出来ないみたいなさ、そういうのって全然分からないけど、無条件にウォーララの血液をホックに入れていいもんなのかどうか。


 ホックはなんか大丈夫な気がするけど、でも別にホックに何かチートがある訳でもないし。

 拒絶反応が起きてホックが死んだら困るので、あらかじめ試せることは試しておきましょう。


 ホックの血液の中に、セリのものを数滴混ぜる。

 じわりと一瞬広がったセリの血液は、すぐにホックの血液に飲み込まれて混じり合ってしまった。

 ホックの血液からは、ウォーララの魔力はちっとも感じられない。

 なるほど、これが弱いってことか。


 さっきより多い血液をホックの血液に垂らすと、今度はゆっくりと混じり合い、微かにウォーララの魔力を発するようになった。

 おかしな変化は見られない。


 ウォーララの魔力を放つようになった血液を、別の容器のホックの血液に混ぜると、すぐにホックの血液に飲み込まれてしまった。

 これは、本当に大量のウォーララの血を入れないと無理だ。


 うーん、でも全身に流れてる血液の半分以上を抜き取って死なないもんか?

 あー、前に全身の血液を冷たい塩水と入れ替えて細胞活動を停止させるみたいな医療技術の記事を読んだことがあったような……。



「ホックー、ミスったら死んじゃうんだけど……」


「フローリア様に殺されるのは本望であります」


「あ、うん、それはまぁ、察してたけど、そうじゃなくてさ、私の精神的ダメージのこと考えてくれる?」


「この身も心も全てフローリア様のものであります。使える道具を使い倒すのに罪悪感を覚える必要はないであります」


「あああ、もう誰ですかこんな子に育てたのはっ!」



 サビが残念なものを見る目で私とホックを見る。

 やめろー!その視線!


 私はカバンからありったけの魔物の血液を取り出した。

 それらの血液から、セリの血液と共通のものは残しながらとことん不純物を取り除いていく。

 ウォーララの血液よりも弱い血液を作っちゃえば、少しずつでもウォーララの血液を増やせるんじゃないかと思って。


 ある程度の量を作ったところで、また少し分けてセリの血液を数滴垂らす。

 じわじわとセリの血液が広がり、全体からウォーララの魔力を感じることができた。


 よっしゃー!

 コーリリアとラミララさんにも手伝ってもらって、血液の濾過作業を黙々と続けた。

 セリには魔物のレバーをメインに大量に食べさせ、取れるだけ血液を取る。

 里のウォーララの皆さんを心配させないために、セリが貧血になる手前でやめますけどね!



「うぅ……もう食べれない……臭みが……これあんまり好きじゃない……」


「ああ、可哀想に……今度美味しいレバーを見付けたらレバ刺しで世界を変えてあげるからね……。あとニラっぽいのが見付かるといいよね……」


「うん……美味しいなら、食べる。ちょっと寝るねー」


「ありがとー」



 セリをベッドに送り届け、血液増やしに集中する。

 垂らすセリの血液の量を見誤ると、打ち消されてしまって無駄になる。

 当たり前なんだろうけど、魔物の血液はそれぞれ強さが違うみたいで、塩梅が難しい。


 ああ!

 モーキュにスポイト作ってもらっておくんだった!

 この世界、スポイトないんだよ!


 私はモーキュに電話してスポイトの説明をし、「魔道具じゃないジャン!」と言われながらも発注を完了した。

 次はちゃんと魔道具頼むから許してね。


 数日後、ホック一人分にはやや足りないくらいの量の血液ができた。

 桶になみなみと血液が溜まっている様はなかなかにホラーだが、そんなことを気にしている場合ではない。


 私はベッドにホックを寝かせ、麻酔代わりの薬を飲ませた。

 ホックはいつもと変わらぬ様子で、むしろ楽しそうに目を閉じて眠った。


 ホックの腕に針を刺し、血液を抜いていく。

 すぐにウォーララの血を入れたいところだけど、今入れても確実に消されていってしまう。

 ある程度は抜いてから入れないといけないだろう。


 確か全身の血液量の二割の出血で危なくて、三割を越えると命の危険があったはず。

 こっちの世界の人間に現代日本の知識が適応されるのかは知らないけど、気にしないよりはいいよね。


 っていうかホックの血液量もだいたいしか分からないし。

 今どれくらい抜けたのかも勘だ。

 マジで死なれたらどうしよう。


 ホックの顔色や脈拍なんかも気にしつつ、抜けるだけ血液を抜いてからウォーララの血液を入れていく。

 あとはホックの体内で、ウォーララの血液が消えずに残り続けてくれることを願うばかり。


 用意した血液の三分の二ほどを入れた頃、ホックの髪の色に変化が起きた。

 黒い髪が、根元からどんどん水色に変わり始めたのだ。


 これはいける。


 思わずガッツポーズしながら、引き続き血液の入れ替え。

 全ての血液を入れ終わる頃には、ホックの全身からウォーララの魔力が感じられるようになっていた。


 あとはホックの意識が戻れば。


 私は気付け薬を染み込ませた布をホックの鼻元へと当てがった。

 ホックのまぶたが数回痙攣した後、ゆっくりと開かれる。

 その瞳は、水色だった。



「ああ、成功でありますな。世界が違って見えるであります」


「やった! おかえりホック」


「お、おかえ、ただい……」


「ぎゃー! 鼻血吹いて倒れた!」



 ともあれ、ホックのウォーララ化、成功です!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る