閑話 ホックの報復

 フローリアが襲われた。

 それは、ホックにとってあってはならない事態だった。

 フローリアの行く先々の直接的な脅威は全て排除してきたはずだったのに、フローリアが男どもに連れ去られ、あまつさえ傷付けられたなど。


 フローリアを襲った男たちは、流れの人攫いのチームだった。

 特定の場所に留まることはなく、その時にいる場所で依頼を受ける。

 リーダーの名はホックも聞いたことのある名前で、たしか数ヶ所の街のギルドで個人的に賞金がかけられていたはずだった。

 チーム全員を捕らえたとなればそれなりの金額になったと記憶しているが、そんなことを許すつもりもない。


 ギルドに渡したところで、賞金をかけたであろう貴族に回収され、生温い報復の末に殺すのだろう。

 そんなことではダメだ。

 こいつらはフローリアを傷付けたのだ。

 簡単に死んでもらっては困る。


 とはいえ、今ここでこいつらをどうにかするにはフローリアが近すぎる。

 ホックはフローリアに自分の汚さを直接見せる気はなかった。

 さすがに清廉潔白だと思われたい訳ではないが、わざわざ見せるものでもない。

 聞かれれば答えるつもりはあるが、きっとフローリアは聞いてこないだろう。


 ホックはすぐ近くにいたプリリオ(プリオよりも大きなスライムのような魔物)を男たちと同じ数だけ使役した。

 一匹につき一人ずつ、男たちを飲み込ませる。

 それからパーボスを呼び出し、男たちを食べてもらった。

 ダンジョンで使役したこのパーボスは、他の似たような魔物たちの中でも特に人肉を好む魔物であるらしい。

 男たちを目にした瞬間、ものすごく興奮しているのが分かった。

 しかし、残念ながらこれは今は餌ではない。

 そう伝えると、目に見えて落胆した。



「そうガッカリしないであります。気が済んだら最終的には食べさせてやるであります。時間計算を間違えて身体の一部が消化されたりはあるかもしれないし……でも、基本的にはこいつらは出し入れするものだと思っていてほしいであります」


「ギー」



 男たちを包んでいるスライムは、消化されないためのものだ。

 スライムが完全に消化される前にパーボスから出せば、男たちは無傷のまま。

 ホックがスライムの消化時間を間違えたり忘れたりすれば、生きたまま消化されていくことになる。

 今は気絶しているが、パーボスの中で目を覚ませば、滅多にない経験をすることができるだろう。

 ホックは全員をパーボスに飲み込ませ、そしらぬ顔をして洞窟に戻るのだった。





 首都に向かうまでの間、帝国兵に男たちの雇い主について教えてもらうことにする。

 人攫いを雇ったのは、キシリアに住む貴族だ。

 それも錬金術にそれなりに造詣の深い者。

 皇帝が自ら褒賞を出したという魔道具の存在を知り、そこに関わった錬金術師がいることを知った。

 魔道具師であるモーキュがダリッケンの自分の店からほとんど出てこないことから、モーキュを人質にするのではなく錬金術師を直接狙うことにしたのだろう。

 モーキュと繋がりのある錬金術師は二人。

 フローリアとコーリリアである。

 女の錬金術師が二人モーキュの店を出入りしているのは分かっても、そのどちらが正解かは分からなかった。

 人攫いの男たちに正解がどちらなのか調査する力があると思ったのかは分からないが、魔道具を作った力のある女の錬金術師を標的として指定したようだった。


 兵士に尋ねると、ゴーホリンケンではないかということだった。

 何人かの錬金術師を抱えており、皇帝の抱える錬金術師と腕を競っては僅差で負けてしまうのだとか。

 ホックは偵察用の小型の魔物を、先んじてゴーホリンケンの元へと送った。

 後ろめたいことをしているなら重畳。

 何もしていなければ強行策に出るまでだ。


 偵察用の小型の魔物は、常に四体一緒に行動させる。

 気配探知、音声伝達、映像伝達、気配遮断に特化した虫ほどの大きさの魔物である。

 非常に役にたつ魔物ではあるが、ホックが処理しなければならない情報量が多すぎるため、そう頻繁に使えるものではない。

 もしも手軽に使えるものだったなら、ホックは彼らを常にフローリアの傍に置いていただろう。

 音声と映像に関しては、今のホックなら合計で五分程度の情報を切り取って保存させておくことが可能だった。

 悪事を働いていてくれることを期待するばかりである。


 何かしら問題を抱えているとは思っていたが、やはり予想は当たった。

 ゴーホリンケンは皇帝よりも先に賢者の石を手に入れようと躍起になっていた。

 腕のいい錬金術師と聞くや無理矢理に拉致し、森の奥の小屋の地下に作った隠し部屋で昼も夜もなく研究を行わせていたのだ。

 ちょうどダイミングよく、その研究室で錬金術師たちに怒鳴り散らしていたところだったので、その場面から小屋を出るまで保存する。

 そのあと自宅に帰った彼は昼間から酒を飲み、皇帝への恨みつらみを一人呟いていた。

 こちらもありがたく保存させていただく。


 一度帰還させ、城へと降り立った。

 おれんじの味がするという果物を確保するという使命を得たので、ついでにこちらもとっとと済ませてしまおう。


 あぁ、その前に。


 ホックは天井裏からフローリアを監視していた不届き物を始末する。

 恐らく精鋭なのだろうから、同じモノを一から育て直すのも大変だろう。

 そんなことを考えながら、痛みを与えて恐怖を植え付け、最後に意識を奪うだけに留めておいた。

 城内に何人か同じような人間がいたので、まとめて始末しておいた。


 フローリアの安全は自分が守らなくては。


 気を取り直して、ホックは帝国兵の詰所へと降り立ち、さきほどの映像を見せた。

 魔物を証拠として預かれないかと聞かれたので、何か映像を保管できる魔道具はないのかと言うと、思い出したかのように巨大な魔道具がある部屋に案内された。

 映像の保管ができるのはいいのだが、いかんせん大きすぎる上に消費するエネルギーが大量すぎて一度試しに起動させたきり眠ったままになっていたのだという。

 ホックの渡した短時間の映像であればなんとか今ある燃料で動かせるだろうということで、分厚い説明書を引っ張り出してきて操作を始めるのだった。

 これは時間がかかりそうだと思ったホックは、保存が終わったら窓の外に放してやってくれと魔物を預け、森の小屋へ行くことにした。


 小屋の周囲はゴーホリンケンが雇ったであろう用心棒たちによって守られていたが、この程度であれば問題にもならない。

 ただせっかくだからあいつらを使おう。

 ホックはパーボスから男たちを吐き出させた。


 消化液に長く触れていた部分のプリリオがかなり薄くなった男たちは、ガタガタと震えながら目の前に立つホックを見た。

 にこやかに男たちを見下ろしているが、目は笑っていない。

 その視線に晒される度、様々な原因で自分たちが死ぬ光景が脳内を駆け巡り、男たちは震えが止まらなかった。



「絶対に手を出してはいけないものというのは存在するのでありますよ。お前たちは不運だったのかもしれないでありますが、そっちの都合は関係ないであります。お前たちはしてはいけないことをした。その罪は消えることはないでありますが、よく働けば解放を早めてあげるであります」



 もちろん、解放とは逃がすことではない。

 この世から、その肉体から、解放するという意味である。

 そんなことに考えの至らない男たちは、ホックの言葉に泣きながら何度も頷いた。

 そして小屋を守っていた用心棒たちを命がけで排除しに向かうのだった。


 ホックは一人小屋の中に入り、隠し部屋へと真っ直ぐに向かった。

 このタイミングで開くはずのない扉に、室内の錬金術師たちはみな動きを止めてホックを見た。

 ホックがゴーホリンケンの罪状を告げ、もう間もなく帝国兵によって捕縛されるであろうと言うと、彼らは抱き合って喜び、ホックに頭を下げた。



「貴方たちを解放してあげたいのは山々なのでありますが、諸々の処理が終わるまでは少し待っていただくことになるかと思われるであります。しばらくはこの家で休んでいてほしいであります。それと、ボクの主人は天才で可憐な錬金術師様なのでありますが、もしかしたらここに連れてくるかもしれないであります。その時はよろしくお願いするであります」



 彼らは深く頷いた。

 ホックが外に戻ると、気絶した用心棒たちを一ヶ所に集めた男たちが待っていた。

 用心棒をパーボスに食べさせ、その間にプリリオを探しに行く。

 プリリオはいなかったが似たような魔物がいたので、それで代用することにし、元の場所に戻ると、パーボスを真っ白な顔で見つめていた男たちと目が合った。



「さぁ、お前たちも戻るであります」



 男たちの叫びは、誰にも届かなかった。

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