第29話 魔道具師
重い木の扉を開くと、独特の香りが店内から噴き出してきた。
扉に付けられた魔道具が客の来店を告げるけれど、店内は静まり返ったままだった。
私は所狭しと積み上げられた魔道具たちの間をすり抜けながら店内を進み、おそらく接客カウンターであろう場所を見つけると、大きな声で店主を呼んだ。
「すみませーん! 魔道具についてお聞きしたいのですけれどー!」
『フローリアって、よそ行き用の顔、すごいよね』
「え、そうかな」
言われてみれば、ギャップはあるのかもしれない。
一応初対面の人には失礼のないようにって思ってるんだけど。
何度か叫んでいると、ようやく人の気配がした。
店の奥の暗がりからひょっこり顔を出したのは、ツインテールの少女だった。
薄い茶色の長い髪の毛は、いたるところに木片やパーツみたいなものが絡み付いている。
首からぶら下げたペンダントのような魔道具の中央には青い魔石がはめこまれていて、それがチカチカとすごい勢いで点滅していた。
「はいはいはいはい、お待たせしたジャン! お客さんジャン? んー、アンタものすごい魔力量ジャン、うらやま!」
独特の喋り方と、めちゃくちゃフランクな距離の詰め方に一瞬呆気にとられてしまったが、すぐに気を取り直す。
っていうか、この女の子が店主なの?
「あなたが店主様ですか?」
「そうジャン。元々はジイちゃんの店だったけど、引退してモーキュに譲ってくれたジャン」
「お店に並んでいる魔道具は、おじいさまの?」
「んー、三分の二ぐらいはモーキュのジャン? てか、よくこの店に入ろうとおもったジャン」
「いや、観光客をターゲットにしてるお店とか、それなりのものを見せておけば客が来るだろうとか、そういう感じのお店より、魔道具を作ることだけしか考えてないみたいなところの方がいいんですよ」
「おおう、やっぱうちの店に来るヤツは変人が多いジャン……」
変人はあなたでしょう、と心の中で突っ込むけど、口には出さない。
機嫌を損ねられても困るしね。
と、いけないいけない、私としたことが大事なことを忘れていました。
「モーキュさん、私、欲しい魔道具がありまして、すでにあれば購入しますし、なかったら是非製作をお願いしたいのですが、その前に」
「その前に?」
「焼き鳥を召し上がってください」
「焼き鳥?」
私は時間停止保存箱の中から焼きたてのもも串(タレ)を取り出し、モーキュに差し出した。
くんくんと鼻をひくつかせ、物珍しげに見ていたモーキュだったが、私に勧められるまま一口食べ、そしてあっという間に全て食べきってしまった。
「なんだこの食べ物、すっごい美味しいジャン!」
「おほほほほそうでしょうそうでしょう、これは焼き鳥と言う、私が最も愛する食べ物なのです。私はこれを世界中に広める役目を持っているのですが、あなたにお願いしたい魔道具も、それに欠かせないものなのです!」
「おお、そういうことなら何でも言ってみるジャン。あー、モーキュが歳上だからってかしこまらなくていいジャン!」
「とし、うえ?」
「あ、アンタ小人族のこと知らないジャン? 寿命が普通の人間の五倍くらいあるジャン。モーキュ、見た目はこんなだけど六十年くらい生きてるジャン」
マジですか。
え、てことは小人族にはロリババ……はい。
それは今は気にしない!
なんかめちゃくちゃ妄想が捗りそうだけど、こっちの世界で同人誌出しても売れないっしょ……。
落ち着きなさい私。
私は邪念を吹き飛ばし、スマホについて説明を始めた。
最初はそれほど興味なさそうにふんふんと聞いていたモーキュだったが、だんだんと目が輝いて、カウンターに身を乗り出してくる。
私のプレゼンが終わる頃には、まるで長年の友人であるかのような心持ちになっていた。
「それってかなり面白いジャン! そういう魔道具はまだ誰も作ってないジャン。確かにちょっと大きめの完成形になっちゃうけど、凝縮濃度の高い魔石が掘り出せれば、それも小ささを追求していけるジャン」
「無属性で純度の高い魔石があれば、私の方で水晶の持つ機能を付与することもできるし」
「ああ〜、錬金術師ってそういうところ便利すぎるジャン〜。モーキュも錬金術の才能欲しかったジャン……」
「私も魔道具師の才能欲しかった……」
「しょせん無いものねだりジャン、モーキュとフローリアが合わさったら最強ジャン!」
「そうだね! 最強だね!」
がっしりと手を握り合い、私たちは笑いあう。
職人探しに難航するかと思ったけど、一発目でこんなにいい感じの人が見つかるとは思わなかった。
『ねぇ、ちょっとボク不安になってきたんだけど……』
「大丈夫であります、フローリア様の障害となるものは全て排除するであります」
「あ、君一人だけにいい格好はさせないぞ。僕だって役に立つってところを見せてやる」
『…………助けて』
コーリリアはどうして泣きそうな顔をしているのだろう。
スマホ(仮)は、普通に作ったらめちゃくちゃ高級品になるそうだけど、素材集めとかを手伝ったら割り引いてくれるそうだ。
それに、魔道具は特許登録みたいなものができるらしい。
新しい技術を用いた物品が完成した場合、技術者ギルドへの見本品の登録が義務付けられているそうだ。
その新規の技術は登録者の名前で記録され、一定期間は本人にしかその技術が使えない状態になる。
同じ技術を用いた物品を別の人が作ろうとした場合、技術使用料をギルドに支払うことになるんだと。
技術使用料は、その技術の有用性によってギルドが定め、半年に一度、七割が登録者の手元に入ることになるらしい。
新規魔道具のチェックは皇帝陛下が直々に行い、素晴らしい魔道具だと認められれば褒賞も出るそうだ。
ただ、未だかつて皇帝に認められた魔道具は一つもないと。
「これができたら、技術使用料の半分はフローリアにあげるジャン」
「えっ? いらないよ」
「え?」
「お金の受け渡しとかもめんどくさいし、私、お金には困ってないから。それよりモーキュの新しい発明にお金使ってよ」
「ええー! じゃ、じゃあ完成品の代金はいらないジャン! このままじゃモーキュ詐欺師みたいジャン!」
「えええ、そこまでのことじゃないと思うけど……まぁ、そしたら完成品はありがたく頂戴するね」
「そうするジャン。フローリアは色々と規格外ジャン。これだけの技術、たぶんかなりの金額になるジャン」
こういうのがあるから、転生者だってバレると色々とめんどうなことになるんだろうな。
モーキュは私の思いつきに対して特に何も思わないようだから良かった。
まぁ、怪しいと思ってても言わないか。
モーキュはこれから鉱山の管理をしているギルドに行って、採掘の許可を取ってくるらしい。
一応お目当ての鉱山があるそうだが、もしそこを一日掘っても見つからなかった場合は、外の鉱山を探しに行かなくてはならないだろうとのこと。
まぁ、そうホイホイ純度の高い魔石なんて出てこないだろうし、慌てず探そう。
この街の鉱山には魔物は出ないらしく安全だそうで、私たちも採掘を見学させてもらうことにした。
男手が必要なら貸すよと言ってはみたものの、モーキュお手製の採掘ロボみたいなやつがいるらしい。
それを見るのも楽しみだ。
明日の待ち合わせ場所と時間を決め、モーキュと別れる。
サビたちを探しながら街をうろうろしていると、術師ギルドがあったので入ってみることにした。
余談だが、フォーシュナイツを出る前、おじいちゃんと再び術師ギルドを訪れた結果、私のギルド証にはフォーシュナイツ国王とおじいちゃんの名前が刻まれている。
冒険者ギルドと違って特に階級がない術師ギルドでは、その術師がどれだけの人間に支持されているかが大事になっているらしい。
いつの間にか刻まれていたロルちゃんに、王様と伝説の錬金術師の名前が刻まれたギルド証ってなんやねんと思っている。
ほら、受付で私のギルド証を確認したお姉さんがとんでもない顔をしているじゃないか!
支持されすぎても問題だっての!
ギルド長がわざわざ出てきて挨拶までしてくれたので、ギルド内で私を見る目が痛い。
わ、私は一般錬金術師ですぅ。
コーリリアははんぎょさんパワーでなんとかギルド証を守り抜いたらしく、自分のお師匠さんの名前しか刻まれていないのでごくごく普通の錬金術師であるという立ち位置をキープしている。
ずるい。
特に興味を引くような依頼は出ていなかったので、サビたちと合流することにした。
サビとセリは新しい剣をゲットしたみたいで、ちょっと嬉しそうだった。
ローグスさんが買ってくれた包丁は、半端ない切れ味でまな板ごと切断しかねなかったので、私は慌ててまな板を強化しまくる羽目になった。
切れ味鋭いのも考えものだな……。
モーキュにオススメされた宿屋に入り、夕ご飯を食べる。
ちょっとクセの強い料理が多かったけど、パクチー代わりになりそうなパケッシュという野菜を発見した。
私、パクチー苦手なのよね。
ローグスさんは大好きらしく、私は自分の頼んだ麺の入ったスープから、パケッシュを取り除いてはローグスさんのご飯の上に移動させた。
明日の話をみんなと共有し、サビたちは冒険者ギルドのめぼしい依頼をこなしつつ、周辺の鉱山を調べてきてくれることになった。
私たちは、約束通り採掘見学だ。
楽しみ〜。
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