【短編】ドンスケ
NAOKI
1話 卓也と野球とドンスケ
試合終了を告げる審判の声が校庭の野球場に響き渡る。
今日の練習試合は、結局0-0の引き分けで試合終了となった。
野球部で4番を務める前嶋卓也の今日の成績は
休日の野球部の試合には、部活帰りや所要で登校していた生徒らが割と多く観戦に来る。久しぶりの自校開催の練習試合だったこともあり、良いところを見せようと少し力んでしまった。周りで観戦していた生徒たちも残念そうに帰っていく。
来月には中学最後の大会がある。3年間も仲間と一緒に頑張ったんだ、良い結果を残したい。あと少しだ、最後まで挫けずに頑張りたい。家に帰ってから、もう少し練習するかと卓也は思う。
監督からの試合の講評と、簡単なミーテイングが終わると、今日の部活は終了となった。
卓也は荷物をまとめると、スパイクをスニーカーに履き替えて校庭を後にする。
いつもなら試合後に数名の女子生徒が声を掛けてくるが、今日の成績では卓也を気遣ってかそれも無い。
卓也は背丈が180cmあって健康的で良く日焼けしており、異性からそこそこモテる。決してアイドルのような美男子という感じではないが、体育会系を好む女子に言わせるとイケメン猿顔らしい。猿顔って馬鹿にされているのかとも思うが、それが好みだと言うのならば仕方がない。
数名の仲間と連れ立って、校庭脇の細道を校門へと向かって歩いていく。
近くのテニスコートからポーンポーンとボールを打ち合う音が聞こえ、グラウンドからはサッカー部のブラジル体操の掛け声が聞こえる。少し離れた校舎では、演劇部が、あーえーいーうーえーおーあーおー、と発声練習を繰り返し、音楽室からは吹奏楽部の管楽器の音が鳴り響く。
みんな
卓也は、友達の他愛のない話など耳に入らず、絡み合う様々な音を全身で感じながら、みんな同じように頑張ってるよなと独り言ちていた。
校門を出たところで、同じクラスのドンスケが親と並んで歩いてくるのが見えた。本名は近藤雄介だが、運動が出来なくて鈍くさいと、いつからかドンスケという
「卓也、いまのドンスケじゃね」
「ああ、多分、そうだな」
「なんだよ、学校から呼び出しでも食らったか。でもドンスケが何かやらかすとも思えないしなあ」
「いや、進路指導の三者面談だろう」
「あああ、最悪。俺も来週だった。マジ凹む。でも、面談って平日じゃなかったっけ」
「ドンスケのところは共働きだから都合が悪かったんじゃないの」
「なんだよ卓也詳しいなぁ。もしかして親友か何かか?」
そんな訳はない。分かってて
ドンスケは無口で大人しく、休み時間でも勉強をしているようなタイプなので、なんとなく皆から小馬鹿にされている。イジメられているということは無いが、何かと馬鹿にされたり皮肉を言われたりする。卓也は幼稚だと思って同調しないが、回りの空気を読んで
それ以上に、卓也はいつも野球のことで頭が一杯で、ドンスケのことなどかまっていられなかった。
***
「先生、お休みの所すみませんねぇ」
母親が申し訳なさそうに、精一杯の作り笑顔で挨拶をしている。
「いやいや、元々出勤する予定がありましたから、大丈夫ですよ。それに今日は近藤さん以外の面談もありますので。最近、平日の都合がつかないと言う方も多いですからね」
本心なのか嫌みなのか、どっちつかずの返答をして、担任は教室に四つの机を組み合わせて作った面談席に腰を下ろした。
「早速、進路調査なのですが、雄介くんは特に変更などありませんか」
「ええ、本人が行きたいと言っていますから。まあ、志望校が公立ですし、親も助かります」
「雄介くんは成績は優秀ですし、学力調査の結果も問題ないので大丈夫だと思います」
「そうですか。先生にそう言っていただけるとホッとします。あの、内申も大丈夫でしょうか・・・」
「ええ。雄介くんは定期試験も手を抜きませんからね。内申も問題ないでしょう。担任としては、勉強以外の所でも、もう少し積極的になってくれるといいのかなあ、と思っていますが」
「そうですよね。それは昔から・・・。でも、そういう性格みたいなので、無理もさせたくないですし」
「まあ、そうですよね。個性って言うんですか。とはいえ中学生も残り半年ですから、文化祭とか学校の行事にも活躍してくれることを期待してますよ」
担任は雄介に顔を向けて、これまた普段は見たことのないような顔で微笑む。
貴方さっきから一言も喋ってないじゃない、ちゃんと先生の質問に答えなさい、と隣で母親が説教する。
雄介は仕方がなく蚊の鳴くような声で、はい、とだけ答えた。
面接は短時間で終わった。
小学生の頃から評価は変わらない。
成績がよく品行方正な生徒だが、積極性に欠け、友人関係に不安がある。
仕方ないじゃないかと雄介は思っている。無理してまで明るく振る舞いたいとは思わない。
母親も慣れているので、面談の席以外では何も言わない。
母親との会話も無いまま、西日で長くなった自分の影を見つめながら、校門へと歩いて行った。
校庭からはポーンポーンとテニスボールを打つ音がまだ聞こえていた。
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