第36話 冒険配信ろ希望
「『配信』が、届く、の?」
驚いた様子で、動かぬ身体に力を籠めるレイン。
何とか取り出した【タブレット】が金色の光をまとってふわりと空に浮く。
ふと見てみれば、『ゴプロ君』もうっすらと金色の光をまとって、元気に頭上を舞っていた。
「どういうことだ?」
状況にたじろぐ俺に答えるように、配信が続く。
『こちら、王立配信局ガトーです! 王国全域の魔導通信網をフル活性! 現在「クローバー」の〝塔〟攻略生配信を映しております!』
『ショウです! フィニスに突如現れた〝塔〟! 大規模な
『〝塔〟内部には強力な呪いが込められており、耐性のある「クローバー」が突入、攻略を開始しておりますがー……些か、危ないようですな』
俺達の映像が、【タブレット】に映し出されている。
それを見た、『パパ』が鼻で嗤う。
「愚かなことだ。自らの死に際を全国津々浦々にお届けしようというのかい? これはとんだ笑い種だね」
「そうじゃないよ、『パパ』。やっぱり、何もわかってないんだね」
マリナが小さく「〝
何かが、ふわりと広がって……【タブレット】を静かに輝かせた。
「うん、いける。――アンケリアスも、見てるかな?」
そんなマリナの言葉と同時に、闇の中に何か明るいものが浮かび上がっていく。
『マリナちゃん! がんばれー!』
『ユークさん! 負けないでください!』
『信じておりますぞ! お嬢様』
『お姉ちゃん、立って!』
浮かび上がるのはまるで【タブレット】の配信映像の様で、見知った顔が俺たちを励ましている。
酒場でよく見る冒険者、薬屋の主人、ダークエルフの若者、
その先から聞こえる俺達への声援にたじろいだらしい『パパ』が動揺した様子で声を漏らした。
「これは、どういうことだ? こんなものが、何になると……」
「わかってるはずだよ、『パパ』」
マリナの言葉通り、空間を埋め尽くしていた凍てつくような気配が消え去っていく。
「ん。動ける……!」
「わたくしも、大丈夫です!」
「しびしび、取れたっす! いけるっす!」
「情けないとこ、見せちゃったわ。お姉ちゃん、大丈夫だからね! テック!」
仲間たちが立ち上がり、集まってくる。
先ほどまでの状態が嘘のように、やる気を漲らせて。
「バカな、バカなッ! どうして動ける! 世界の絶望を集めたんだぞ!?」
「……うん。だから、あたしは世界中の希望を集めるの」
右眼を青く光らせたマリナが、天井なき虚空を埋め尽くす配信画面を見上げる。
フィニスだけではない。ドゥナやトロアナ、サルムタリア、ヴィルムレン島の人々の顔もそこにはあった。
「この場所はね、一番世界から遠くて、一番世界に近い場所なの。揺らぎやすくて、いろんな可能性を秘めていて――だから、『祝祭』なんて……世界を変えるなんてことができちゃう場所。あなたは一人ぼっちだから、ここでそうしないと世界を変えられないと思っちゃんったんだよね?」
「道具風情が知ったような口を聞くな! 認められるものか、こんなことが! やっとここまで来たんだぞ!? 私の、私の物語は始まる祝福されし瞬間に、こんな汚点を許すものか!」
俺を指さして叫ぶ『パパ』。
皮肉なことに、その顔は今までで最も人間らしいと思えた。
取り繕ったまま変革や物語といった得体のしれない言葉を口にしていたときよりも、ずっと。
「何が希望だ……! 私がこの〝塔〟を掌握しているのを忘れたのか? いますぐ地下の【
「……ッ! やめろ!」
「もう遅い」
ぱちん、と指を鳴らす『パパ』。
しかし、何の気配も感じなかった。そういった者が現れれば、俺の痣が疼くはずなのだが。
そして、『パパ』にしても予想外の事であったらしい。
「……どういうことだ? 何故、開門しない!? 私はこの塔の管理者だぞ? ああ、もういい。何もかも台無しだ。やはり間違ってる、この世界は間違っている! 私の思い通りにならないなんて、間違っている!」
余裕を失った『パパ』の叫び声に、おぞましい触手がその本体を晒す。
それはイソギンチャクのような頭部をした人型のバケモノで、『パパ』を今まさに飲み込もうとしていた。
「なに、『祝祭』は続く。そうとも、何も変わらない。ここでお前たちをなぶり殺しにして、世界を変革する。私にはその権利と力がある!」
〝淘汰〟に取り込まれながら、そう叫び散らす『パパ』。
「この世界は変わらなくてはならない! この、私の手によって! 正しく!」
「違う! 世界を変えていくのは、この世界を生きる一人一人の意志なんだ!」
左腕に
世界中の意志が俺達に向けて集まりつつあった。
『フィニスを取り戻そう!』『やってくれ、「クローバー」! オレはこの世界が好きだ!』『強要された変革なんてまっぴらごめんよ!』『ユーク、無茶のしどころだぞ』『戦えないけど、応援はできるわ!』『そんな奴なんてやっつけちゃえ!』『「クローバー」なら絶対に勝てる!』『あんたらならやれる!』『信じるてるぞ「クローバー」!』『じゃあ、私も少しだけ物語にサービスしようかな』『俺達も最後まで戦い抜く!』『ネネ、上手くやるんですよ』『いつもみたいにやってくれ!』『扉は任せて、ユークお兄ちゃん』『何だってボクがお前の手助けをしなきゃいけないんだ』『諦めるな「クローバー」!』『全力を見せてくれよ!今がその時だ!』『勝利はレインちゃんに捧げる!』『心を込めて応援します!』『負けないで!』『この戦い、決まったな!』『マリナちゃん! 信じてるよ!』『推して推して推しまくるぞ! いけいけいけー!』『ジェミーさん、頑張って!』『その闘志を見せてくれ!』『シルクお嬢様に琥珀の加護を!』『自分の力を信じろ。オレもお前を信じる! 全て出し切れ!』『勇気ある者だけが勝利する! 勝つための全てを!』『任せたわ!絶対に勝って!』『ネネ姐さん!ウチらも応援してるっス!』
次々に画面から発せられる激励の声。
俺達へと注がれる、この世界を生きる人々の意志。
いくつかの〝淘汰〟の受け皿となった俺であれば、それを『力』へと変えることもできる。
『パパ』に届かせるには、それしかない。
「やるん、だね。ユーク」
「ああ、ここが使いどころだ。みんなの想いを、意思を、答えを――あいつにぶつける」
「ん。じゃあ、ボクは、守る」
杖を突きたてて、〈
「ボクが、守る。何があっても、一緒、だよ」
「ああ。それじゃあ、始める……! シルク! 指揮を頼んだ!」
「任されました! マリナ、ネネは各個遊撃! ジェミーさんは二人の援護を! わたくしも……少しだけ、無茶をします」
そう宣言したシルクが、その瞳を琥珀色に輝かせる。
「ここなら、世界の端たるここなら……わたくしの声が届くはず。来て……来て――来て!」
シルクの呼びかけに応じて、その足元から輝く琥珀色の根が広がっていく。
それは徐々に伸びあがって、シルクを覆う琥珀色の木へと変貌した。
「世界樹の守り人、琥珀の父祖、ここへ!
次々に琥珀色のエルフたちが疑似的に出現した世界樹から姿を現す。
剣や弓、小刀、槍を携えて、『パパ』へと向かって突撃していく琥珀のエルフたち。
これが、世界樹の巫女としての彼女の力か。
「さすがシルクさんっす! さて、故郷の舎弟も見てるみたいですし、ウチも頑張らないとっすね!」
「ネネも切り札があるの? あたしの魔剣化みたいに」
「ちょっと、違うっすけど……ユークさんのために時間稼ぎはできるっす」
そんな事を口にしながら、ネネが複雑な手印を素早く結ぶ。
きっと、その耳にはママルさんの声が届いているのだろう。
「これがウチの、切り札っす!」
ぼやけるようにして、ネネの姿が左右に分かれていく。
瞬く間に十人に増えたネネが、一糸乱れぬ姿で大型ナイフを抜いて、別々の方向へと駆け出して行った。
「すごい! ネネがいっぱい!」
「分身の術と護法の合わせ技っす! ウチとて〝
十人分の返事をして、『パパ』の触手をかく乱し始めるネネ。
こんな芸当ができるなんて、知らなかった。
「あたしも行こう。ジェミーさん、よろしくね」
「手数だけは自信あるから、牽制は任せて頂戴。もう、あの頃のあたしじゃないって……みんなにみせるんだから」
杖を構えて、もはや半透明のバケモノとなった『パパ』を見据えるジェミーが、大量の〈
かつて俺が目指した魔法の真髄をこうして見せられるのは、やっぱりちょっと悔しい。
「それじゃ、行くよ! マリナ……行きます!」
まるで矢のように飛び出していくマリナ。
こんな時にどうかと思うが、やっぱりマリナはこうでなくてはと思ってしまう。
意気揚々と、怯まず、強く駆けていくマリナの背中を見るのが、俺は好きなのだ。
さあ、俺も始めよう。
〝淘汰〟を〝淘汰〟で制するのは、ある意味で正しいやり方だ。
それに今は、この世界の人々の強い意志が背中を押してくれている。
『パパ』はこの世界を間違っているとは言うが、正しさなんてないのだ。
生けとし生ける全ての人に、それぞれの物語があり、それぞれが主人公として歩む。
その中で少しずつ、やがて大きく変わっていくのだ。
一人一人の変化は、ごく小さいかもしれない。
それでも、世界は変わっていく。誰かの小さな変化が、世界を変えていくのだ。
それを、魔法式に編み込んでいく。
呪いを内包する〈
「Mi aŭdis vian vocxon en la malluma nokto. La krioj, ploregoj kaj voĉoj de angoro malaperis en la arbaron, lasante nur esperon. Estas lumo. Ĝi lumigas la mallumon kaj montras la vojon. Tiu vojo kondukas al utopio.(明けない夜の下であなたの声を聞いた。慟哭、嗚咽、苦悩の声が森に消え、望みだけが残された。それは光だ。夜闇を照らし、道を示す。その道は理想郷へと続く。)」
仲間達の戦う背中を見ながら、魔法式を構築していく。
頬から血が滲み、いくらか『
それよりも、うっすらと割れるような感覚がある左腕の方が問題かもしれない。
なにせ、琥珀だ。文字通り割れている可能性がある。
あの男曰く俺の〝淘汰〟は残りかすのようなものらしいから、この魔法に耐えられない可能性はあるだろう。
だけど、それでもこの魔法は完成させなくてはならない。
世界中の人々の願いを背負っているのだ。〝勇者〟の看板より重い。
「Vi, aliaj, kaj ĉiuj aliaj finfine atingos tiun punkton kaj ricevos benojn――Unu tago pasigos, forgesu tiun tagon(あなたも、他の人も、全ての人々がやがてそこに至り、祝福を得る――いつか過ぎ去りし、あの日を忘れて)」
魔法式を完成させて、静かに『パパ』を見据える。
もうわけのわからないことを口にしないようだが、意思は残っている。
アレは、この世界を塗り替えようと……『理想郷』に変えようとしているのだ。
そもそも、〝淘汰〟というのは世界同士の存在の押し付け合いだ。
で、あれば……俺はこれをあの男に押し付けなくてはいけない。
あの男への強い否定と、この世界の願い。
そして、少しばかりの手向けも込めて、俺は出来上がった魔法の名を静かに口にする。
「――〈
俺の指先から離れた拳ほどの大きさの魔法が、七色の光を揺らめかせながら静かに空を進む。
きっと、みんな唖然としただろう。
俺が左腕にひびを入れながら編んだ魔法が、こんな風だなんて。
だけど、それは……あの〝淘汰〟にとっては最悪の脅威だ。
「は、はは……こんなものが、お前が示すこの世界の意志だと? 矮小! 脆弱! お似合いじゃないか!」
声だけをあげる『パパ』。やはり、意思が残っていたか。
だとすると、俺は残酷な魔法を使ったかもしれない。
「――え」
それが、『パパ』の最期の言葉となった。
七色の光球が触れた瞬間……〝淘汰〟たる触手頭のバケモノは光の粒子となって消え去り、周囲に爆ぜて消えた。
あれは、明確な否定の意志を束ねた魔法だ。
あの男の存在を許さぬという、俺達と人々の願いがあれをこの世界から消え去らせた。
それだけではない、あの魔法は時間と記憶を蝕む。
今ごろ『パパ』は、無限に続く記憶の中を落下しながら、自分の人生を振り返っている頃だろう。
それはこの先、何度も無限に繰り返される。彼の記憶と存在がやがて粉々に砕け散って、何もかもが無となるまで。
果たして、〝淘汰〟となった身のあの男が無となれるかどうかは、わからないけど。
『さすがは「クローバー」! さすがは〝勇者〟ユーク! 災厄を見事に討伐してくれました! 素晴らしいですね、ガトーさん』
『いやー、ドキドキしましたね。ですが、素晴らしい魔法、そして連携でした!』
『「クローバー」!』
『「クローバー」!』
『「クローバー」!』
『「クローバー」!』
迷宮の深部とは思えない大歓声がこだまする。
それに手でも振って応えられればいいのだろうけど、あいにく立つ力も残っていない。
さすがに無理をし過ぎたらしい。意識まで危うくなってきた。
「討伐、完了。みんな、脱出だ」
最後の力を振り絞って、俺は取り出した
「〝
転移の浮遊感に包まれた瞬間、いよいよ限界が来た俺はそのまま暗転に任せて意識を手放した。
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