第55話 扉と秘された過去

 和やかな晩餐を終えて、そのあと十分な休息をとった。

 魔物の気配もなく、叔父さんが見張りに立つというので、俺達はテントの中に毛布と寝袋を敷き詰めて雑魚寝する。

 初めての機会で──きっともうない。


 寂しさと、これから訪れるであろう孤独への怖さが去来したが、眠る彼女たちの息遣いと温もりが愛しさへと変わって、俺はそれを受け入れることにした。

 彼女らへの想いから生まれる感情であれば、それもまた俺の大切なものであろう、と。


 翌日、朝食をとって冒険者装束を着込んだ俺達は気力十分だった。


「それじゃあ、さっそく行くとしようか」


 叔父が軽い感じでそう告げる。

 これからついに最奥に踏み込むというのに、何とも気が抜けてしまいそうだ。


「ルン、〝配信〟を頼むよ」

「うん」


 昨日のうちに修理した『ゴプロ君G』を起動するニーベルン。

 ふわりと浮き上がった浮遊型自動撮影魔法道具アーティファクトが、ゆっくりと頭上を旋回する。

 よし、問題はなさそうだな。

 『ゴプロ君G』に向かって、俺は口を開く。


魔法道具アーティファクトの故障により、一時〝配信〟が中断されましたが、『無色の闇』最奥に到達しました。この〝配信〟が地上に届いているでしょうか? これから俺達は最奥……『深淵の扉アビスゲート』へと向かいます」


 こちらから〝配信〟の状況は確認できないが、アナウンスを入れておく。

 ニーベルンの〝黄金〟による地脈レイラインネットワークに乗ってさえいれば、どこかの受信用魔法道具アーティファクトが拾ってくれるはずだ。

 ここが、まだ俺達の世界であれば、だが。

 少なくとも、内蔵された記録用の魔石にはこの言葉が残る。


「いよいよだねー……! 来ちゃったね!」

「言い出したのは、マリナだもんな」

「だって、あたし達の夢だもん!」


 笑うマリナの顔に、あの日の言葉が、鮮烈に脳裏によみがえった。


 ──「そこまで行ってさ……〝生配信〟しよう!」

 

 俺のどこか青臭い夢を笑うでもなく、共に行こうと言ってくれたあの日の約束が、今果たされようとしていることに、なんだか人生の不思議を感じてしまう。


「でも、思ってたのとちょっと違うかも」

「そうですね……」

「ちょっと、怖い」


 三人娘が、向かうべき暗闇の先に視線を向けて生唾を飲み込む。

 俺も同じ気持ちだ。もっと達成感や高揚感のうちにそこに至り、なごやかな〝生配信〟で以て世界の端の到達を人々に見せるのだと思っていた。


 それなのに、これはどうしたことか。


 この先から発せられるのは、拒否感と圧迫感。そして憎悪のような気配。

 足がすくみそうになる。


「まるでフロアボスの扉前みたいだ」


 そんな言葉がふと漏れてしまった。


「言い得て妙だね。うん、それは意外とキャッターな表現だと思う」


 顎に手をやった叔父が、小さく頷く。


「ま、百聞は一見に如かずさ。行ってみよう」


 そう言って歩き出す叔父の背中に、俺達もついていく。


「ぞくぞくってか、ざわざわするっす。絶対入っちゃダメなとこに進んでるような……」

「うん。すっごくヤな感じだわ。これ、大丈夫かしら?」


 ネネとジェミーが緊張した様子で、暗闇の先を見やる。

 まだ何か見えるわけではない。

 しかし、一歩ごとに増す気配は俺達の背中に冷たい汗をかかせた。


「そら、見えたぞ」


 叔父が立ち止まって振り返り、親指でそれを指し示す。

 そこには、『扉』があった。

 暗闇にうっすらと光る輪郭が、扉を形作っている。


「これが、『深淵の扉アビスゲート』……」

「いいや、違う」


 首を振って否定する叔父。


「これは、封印だよ。『深淵の扉アビスゲート』をここに留めおくためのね」

「どういうこと?」

「世界の端、異界への扉……そのどれも間違いじゃない。だが、もっと適切な言葉をお前は知っているはずだよ」


 扉に手を添えた叔父が、俺に問うような視線を投げかける。

 これが封印だとして、なんと弱々しいものだろうか。

 光輝は薄れ、ところどころはひび割れたように途切れ、濃い気配を隙間から吐き出している。


「……これが、〝淘汰〟。本物の」


 確信と言える推測が、口から漏れた。

 それに、叔父が頷く。


「そう、この世界は二十年も前から〝淘汰〟に晒されていたのさ」

「あの『無色の闇』先遣隊が、ここに来た日から?」

「もっと前かもしれない。だけど、異変があって僕らが派遣されたのは確かさ。各地で迷宮ダンジョンが暴走状態になり、“大暴走スタンピード”が頻発した。そして、『透明な闇』の溢れ出しもね」


 叔父の触れる扉の封印が徐々に崩れていく。


「まさか……」

「お前の故郷は、この世界で最初に『反転迷宮テネブレ』に飲み込まれた場所だ」


 叔父に助けられて、故郷から助けられたという話は聞いた。

 その頃の記憶はあいまいで、今でも思い出せやしないけど何か恐ろしいことがあったといううっすらとした恐怖は覚えている。


 叔父や養家には“大暴走スタンピード”で滅んだと聞かされていた。

 今やそこは魔物モンスターの領域で、行くことはできないとも。

 そうだ……俺が最初に冒険者になろうってきっかけは、いずれ本当の故郷を見に行きたいと駄々をこねたのがきっかけだった気がする。


「僕はお前に謝らなくちゃいけない。お前を冒険者に誘導したことも、いまここにお前を立たせたことも」


 パキパキと音を立てて、封印の光輝が崩れ落ちていく。

 そして、最後に甲高い音を立てて、光が散った。


「力を貸してくれ、ユーク。お前でなければ……一度、裏返った存在である、お前でなければアレに打ち勝てない。僕を恨んでいい。だが、お前にしかできないんだ」


 闇の向こうにを叔父が指さす。

 その先に見えたのは、巨大な竜であった。

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