第21話 推測進行と悪い予感
「マストマ! もう一度言ってみろ!」
「耳でも遠くなったか? 失せろと言った」
会議室から離れたここにも聞こえる怒号じみた聞きなれぬ声。
おそらく、これがマストマの兄、ラフーマ王子の声であろう。
「行こう」
意を決して、会議室に踏み込んだ俺の目に入ったのは、褐色の肌が赤く見えるほどに怒り狂った背の低い男と、それを冷えた目で見るマストマだった。
会議室に入った俺を視界に入れたマストマが、顔を明るくさせる。
「ユーク! 戻ってくれたか!」
「すまない、少し遅れたようだ」
「……ッ!」
鼻息を荒くしたまま俺に顔を向ける男。
「ラフーマ殿下とお見受けします。当方はウェルメリア王国の迷宮伯ユーク・フェルディオ。失礼とは存じますが、火急の要件をお伝えするために断りなく姿を晒したことご容赦ください」
王族が二人も揃っていれば、部屋に入る前にはそれなりの手順を踏む必要がある。
しかし、この騒ぎだ。その手順を踏んでいては、急いで帰ってきたのが台無しになりかねない。
「はン、貴様がフェルディオ卿か。女子供を引き連れて呑気なことだな」
出会い頭になかなかの態度だが、王族であればこれも普通の範疇であろう。
とにもかくにも、この男と舌戦をするために来たわけではない。
いま、ここで必要なのは状況の説明と共有だ。
「この男のことはよい。報告を」
「貴様ッ!」
「今は緊急時なのだぞ? ラフーマ」
兄王子を黙らせたマストマが王族のふるまいをしたので、こちらも併せて膝をつく。
レインとニーベルンはこれで高位教育を受けているので、これに問題なく従った。
「『死の谷』より黒い壁が出現。計測はしていませんが、広範囲があれに飲み込まれました。それに伴い、周辺の魔物が凶暴化しております」
「〝
「それに関しましては、黒い壁の内側に飲まれましたので未確認です」
俺の言葉を受けて、マストマは「ふむ」と片肘をつく。
長考するときの彼の癖だ。
「ユーク、どう見る」
「推測でしかありませんが」
「よい。申せ」
このままラフーマ王子の耳にも入れろ、という事か。
本当にマストマという人間は、骨の髄まで王様じみている。
仲違いしているとはいえ、ラフーマ王子は事実として国軍を指揮してここまで来ているのだ。
彼がどう判断するにしろ情報は必要であるし、今この場所で状況に巻き込んでおくべきだと判断したのだろう。
「おそらくあれは、
「ふむ、『王廟』が漏れ出たという事か?」
「いいえ、漏れ出ているのは……多分、『無色の闇』です」
マストマの眉がピクリと反応する。
ウェルメリア王国の冒険者をよく知る彼のことだ。
『無色の闇』についても耳にしたことがあるに違いない。
「どういうことだ?」
さて、これについてはどう説明するべきか。
そう一考したところで、俺の隣から涼やかな声が紡がれた。
「全ての
「どういうことだ?」
マストマ王子の言葉にニーベルンが小さくうなずく。
「『無色の闇』は何色にも染まらぬ透明にあって、全ての色を内包する闇黒でもあります。全ての
『黄金の巫女』であったニーベルン。
彼女であれば、この真理を知っていたとしても不思議ではない。
そして、これは俺が実体験と共にたてた推論と相違ない。
「つまり、
「そうなります。そして全ての世界に通じていると言っても、過言ではありません。事実として、ルンは──私は、世界を渡ったのですから」
ニーベルンの言葉にマストマは深く息を吸い込んで、何かを考えるように目を閉じる。
そして、彼とは対照的な男が対照的な言葉を口にして再起した。
「戯言を抜かす! 今回のことも、貴様たちウェルメリアの仕業なのだろうが! おかしいではないか! 貴様らが訪れた途端にこの異変だ! 神聖なる『死の谷』に災いをもたらしたのだろう!」
「黙っていろ。でなければ、出て行け」
静かなマストマの言葉に、ラフーマ王子が剣呑な視線を向ける。
あの様子だと今にも腰の得物を抜きそうだが……もし、抜いたら不敬ではあるが魔法で拘束を試みるが。
「ユーク、それを踏まえての見解は?」
「あの黒い壁が漏れ出た『無色の闇』であれば、異常事態ではありますが〝
「その理由は?」
「
つまり、今すぐ軍勢となって押し寄せてくることはない。
いつまでその理屈が通じるかはわからないが。
「とはいえ、その黒い壁も捨て置けんよな」
「はい。あれは徐々に広がっていました。このままではサルムタリアを……ひいては世界を迷宮に飲み込む可能性すらあるように感じます」
「で、あるな。迷宮そのものの〝
あるにはある。
例えばフィールド型の迷宮などは、奥にある
『ベルベット古代神殿』の裾野に広がる『ベルベット大森林』などは、今も自然に拡大を続け、迷宮の〝
しかし。
今回のこれは、違う。あれは、溢れ出したのでなく
この世界そのものが、迷宮を起点に反転しているような気がするのだ。
「まさか……!」
ここに至って、俺は背筋に寒いものを感じてしまう。
そして、そんな悪い予想は何故か的中してしまうのだ。
「ユーク! ここにおったか! 緊急事態だ!」
勢いよく扉をあけ放って現れたベンウッドの顔からは、いつもの余裕が消えていた。
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