第19話 不安の渦と黒い壁

「よし、三つ目の設置完了だ」


 『死の谷』の一角。

石窟のようになった場所に配信用魔法道具アーティファクトを設置して、俺は息を吐きだす。

 これはなかなか骨の折れる作業だ。思ったよりも気を遣う。

 だが、なるほどとも思った。

 王立学術院には、冒険者界隈では不遇職とされる錬金術師が数多く在籍している。

 このような作業、錬金術師でなくてはとでもじゃないとやれはしない。


 大地の一部を魔法道具アーティファクト化する作業だ。

 少しばかり魔法道具アーティファクトの知識がある程度の技師では、これを設置できないだろう。

 かくいう俺も、随分とマニュアルを読み込むことになったのだが。


「ん。起動確認。お疲れさま、ユーク」


 隣で起動補佐をしてくれていたレインが差し出したタオルを受け取って、座り込む。

 そんな俺の隣で水筒を用意しながら、シルクが心配げな顔をした。


「あと一か所ですね。今日中に設置し終えることができるでしょうか?」

「少し休めば動けるようになる。まずは現地まで動いてしまおう。場所は例のキャンプポイントだしな」


 最後の設置地点は、前回に野営を行ったあの場所である。

 あそこに探索拠点に据えるための資材も持ってきているので、野営がてら設置してしまおうというのが俺の計画だ。


「無理をしていませんか? 急ぐこととはいえ、ユークさんが倒れてしまっては意味がないんですよ?」

「わかってるさ。それに、マズそうならシルクが止めてくれるんだろ?」

「もう。そう言う事ではないんですよ」


 小さく頬を膨らませたシルクがじとりとした目で俺を見る。

 それに少したじろぎながら、俺は苦笑して言葉を付け加えた。


「大丈夫、ここまで計画通りだ。余力もある。君達のおかげだ」

「ボクも、まだ、大丈夫」


 配信用魔法道具アーティファクトの設置をすれば、少しは余裕ができる。

 新しく用意された定点用の配信用魔法道具アーティファクト『ゴプロ君ウォッチ』は、拠点設置型の配信魔法道具アーティファクトだ。

 録画機能もないし、細かい設定もできないが……大型の魔石を使えば長期の生配信が可能で、これを転用して周辺を見張れば〝大暴走スタンピード〟の兆候を監視する斥候の代わりに使える。


 この案はマストマとその配下によるものだ。

 さすがは、魔法道具アーティファクト作成の盛んなサルムタリア。

 人員不足を補うためのアイデアが次々と提案され、それが実現していく。


 ふと、見張りに立っていたマリナを見ると、何やら難しい顔をして顔をしかめている。

 普段、明るすぎる彼女がああいった雰囲気の時は、何かある時だ。

 少し気になった俺は、立ち上がってマリナに声をかける。


「どうした、マリナ?」

「うんと、なんだろうね?」


 尋ねた俺に質問を返して、再び顔をしかめる。


「無理にわかりやすくしないでいいから、思ってることを言ってくれていいぞ」

「ええと……何か、キリキリするっていうか、ざわざわするっていうか。落ち着かない」


 そう言って、俺に寄りかかってきたマリナを軽く抱擁する。


「うん。これ、不安だ。ユークにくっつくと楽になるもん」

「不安?」

「わかんない。怖い、のかな? 何かヘンな気がする」


 確かに『死の谷』は緊張状態にあるが、ここまではそんな風でもなかった。

 彼女のセンスが何かを感じ取っているのかもしれない。


「ネネ、頼む」

「……承知したっす」


 そばで俺達の様子を見ていたネネが、目つきを鋭くして音もなく駆けていく。

 それを見送ってから小さく振り返り、シルクとレインに目配せすると小さくうなずくのが見えた。


「ごめん、ユーク。こんな時に」

「いいさ。落ち着いたか?」


 鮮やかな赤髪を軽く撫でてやると、少し元気が出たのかマリナの顔に笑顔が戻る。

 よし、大丈夫そうだな。


「何かあるかもしれない。警戒していこう」


 仲間たちを安心させるため、そう口にした瞬間……足元が抜けたような感覚に襲われた。


「ぐッ? なん……だ?」

「ユーク!?」

「ユークさん?」


 マリナとシルクに支えられて、なんとか転倒を免れる。


「待って。その、まま」

「レイン?」


 立ち上がろうとする俺の頬に手をやって、レインがこちらをじっと覗き込む。


「ユーク。深呼吸」


 言われるがままに、深呼吸する。

 そうすると、自分の中の魔力マナが大きく乱れているのがわかった。

 ……これは。


「落ち着いたよ、ありがとう。それと……退避準備だ。ネネが戻り次第ここを退却する」

「もう戻ってるっす! 状況説明は必要っすか!?」

「道すがら聞く!」


 仲間たちに敏捷性を向上する強化魔法を付与しながら、石窟から飛び出す。

 異様な光景が、視界の端に映った。

 半球状に広がる、真っ黒な壁。それがこちらにじわじわと迫ってきている。

 あれが遠くにあるためゆっくりに見えるが、相当な速度で広がっているはずだ。


「なに、あれ……?」


 マリナが青い顔で、それを見やる。

 そんな彼女の手を、俺は少し強めに引いた。


「あれの事は後だ。まずはここを離れる! シルク、ビブリオンに助力を頼んでくれ!」

「わかりました! ビブリオン、力を貸して!」


 シルクの白銀の髪の隙間から小さな蛇がするすると出てくる。

 こういう不測自体の時は、彼の未来予測が役に立つ。


「ネネ、すまん! 先導を頼む! この調子じゃ魔物が恐慌状態になってるかもしれん!」

「オーケーっす!」


 頷くネネの背後を全員で駆ける。

 遠ざかっているはずなのに、俺が頬に感じる痛みは徐々に強くなっていくような気がした。

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