第12話 王子の気遣いと星の夜空
第二王子直轄新興山岳都市『ラ=ジョ』の一角。
領主であるマストマ王子の住居のほど近く。
そこに、『ウェルメリア冒険大使フェルディオ迷宮伯』の邸宅が建てられている。
大きな二階建てのそれは、町の建物と同じ白煉瓦で建てられているが、道中見た家屋とは違いどこかウェルメリア風のデザインで、壁や柱にも鮮やかな彫刻が施されていた。
「大きい、家ですね?」
見ろ。
冷静なシルクですら唖然としている。
「で、あろう。しかし、賓客を招くのに十分な出来だと自負しておる」
「マストマ。いくら何でもこれでは大きすぎる」
「そうか? いや、これでもコンパクトすぎるかと思ったのだがな?」
サルムタリアの感覚がずれているのか?
それとも王族の感覚だろうか?
いや、マストマ王子がおかしいのかもしれない。
だって、この屋敷は大きすぎる。
俺達『クローバー』が暮らしている拠点の三倍以上ある。
「……まあ、政治的な判断もある。お前たちの安全を確保するにも、ある程度のハッタリは必要だ」
「はったり?」
「妻が五人いるウェルメリアの迷宮伯。〝勇者〟認定された冒険者。王座を狙うマストマの友。そのような者に安っぽい居住地をあてがえば、探らぬともよい腹を探ろうという愚か者も出てくる」
なるほど。
周囲がマストマ王子の本気さを測る基準として、俺達を使おうというわけか。
確かに、俺達をぞんざいに扱えば今回の『死の谷』調査がただの安っぽいパフォーマンスだと受け取られる可能性がある。
それに、これだけマストマ王子に重用されていると大々的にアピールがあれば、
……それにしても大きい。
どう考えても持て余してしまう気がする。
「使用人もつける。皆、ウェルメリアの生活に興味がある者達ばかりだ」
「そこまでしてもらうわけには……」
固辞しようとしたところで、マストマ王子の隣に立つメジャルナさんが苦笑しながら口を開く。
「加減がわからないのですよ、旦那様は。友人、少ないですからね」
「なっ……」
マストマ王子がぎくりとした顔で妻の顔を見る。
「いても、有力氏族の家長や跡継ぎですから。皆さんにどう遇したらよいか、随分悩んでいらっしゃったので、よろしければお使いくださいませ」
「……うむ」
にこにこと笑うメジャルナさんと、苦笑するマストマ王子。
これでは、あまり固辞しすぎるのも失礼というものだ。
それに、慣れない土地での生活だ。日常生活にサポートがあるというのは、正直言うとありがたい。
「では、ありがたく使わせていただきます」
「そうか。では、案内しよう」
一転、喜色を顔に浮かべたマストマ王子に促されて、俺達は『フェルディオ邸』へと向かった。
◇
「人心地、つきましたね」
「ああ」
夜のとばりがおり、すっかりと空に星が瞬く時間となった頃。
二階に備えられたバルコニーで、俺はやけに沈み込む椅子に腰かけて、果実酒を嗜んでいた。
隣には、同じく体を沈み込ませたシルク。
冒険装束から部屋着に着替えた彼女は、少しばかり肌の露出が多くて目のやり場に困る。
「簡易ギルド施設の立ち上げが終わるまでは待機、か。とはいえ、ぼんやりともしていられないな」
「そうですね。明日は市に出てみましょう。冒険者通りはないとのことですが……」
「目録を用意すれば、王子が取り寄せてくれるそうだ。これも、全員で話し合って必要物品を洗い出そう」
それに、周辺地形の把握。
生息する
そして、マストマ王子が把握しているらしい『王廟』へのルートチェック。
待機と言えども、そうゆっくりと休んではいられない。
「マリナ達は?」
「疲れが出たのか、もう寝てるみたいです」
というか、ベッドの性能だろうな。
疲れた体に、あのベッドは効果的過ぎる。
ウェルメリア様式の木枠ベッドに、サルムタリアのマットとクッション、そして通気性のいいキルト毛布の組み合わせた特別製。
俺達に気を遣って準備してくれたものだろうが……固いベッドに慣れている俺達にとっては、あまりに衝撃だった。
何か魔法でもかかっているのではないだろうかと思うくらいに、眠気を誘う。
一休み、と思った俺が座った瞬間即座に距離を取ったくらいだ。
マストマ王子はあれを輸出するだけで充分に王としての実績をたてることができるんじゃないか、と思う。
「空は変わらないんですね」
ふとそうこぼしたシルクにつられて夜空を見上げる。
星の位置はウェルメリアとそう変わらない。
「ヴィルムレン島は違う?」
「そうですね。見える星が少し違います。森を……島を出てから三年くらいですけど、少し懐かしいという気持ちがあります」
「いつか、『琥珀の森』にも行ってみたいな」
俺のこぼした言葉に、シルクが少し驚いたような顔をする。
「人間はあまり歓迎されませんよ?」
「そうか。そうだよなぁ……」
「でも、ユークさんなら大歓迎します。わたくしが」
にこりとシルクが笑う。
ようやく見せた自然な笑顔にほっとした。
冒険者稼業一年に足らずでの『
サブリーダーとしての重責。慣れない外国。そして、襲撃。
リーダーとして、サポーターとしてもっと彼女を助けないといけないのに、俺というやつは甘えっぱなしだ。
だから、「今後の段取りについて」なんてもったいをつけてこの場に誘った。
「でも、まずはこの『
「ああ。でも……明日は休息日にしようか」
「そうなんですか? 市はよいのですか?」
「まずは気候に慣れないと。休むのも仕事の内さ」
感心したように「なるほど」と頷くシルクに笑って返して、俺は果実酒をちびりと一口なめる。
ウェルメリアにはない、異国の甘さがどこか心地よかった。
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