第59話 再会と再会

「……いない、か」


 まだ崩落していない階段エリア。その踊り場で俺は肩を落とす。

 避難しているとすれば階段エリアだと思ったのだが。


「スキップ、ダメだったのかな?」

「いえ、多分、成功だったっす」


 周囲を確認していたネネが、こちらに戻ってくる。


「どういうことだ?」

「これを見てくださいっす」


 ネネが指さす場所、薄暗い階段の一角。

 明かりで照らしたそこには、まだ乾いていない生々しい血痕が残っていた。


「血臭の鮮度からして、さっきまでここにいたんだと思うっす。跳躍スキップの時間経過がどれほどのものかわからないっすけど……」


 ネネの視線が階下に点々と続く血の跡に注がれる。


「ここから動く必要があった?」

「何かに襲われたんじゃないっすかね。もしくは誰かに」


 ジェミーは俺達を逃がすためにかなり無茶をした。

 いくら頭の回転が悪いサイモンでもあの状況を見ていれば、ジェミーの裏切りに気が付いたかもしれない。

 サイモンが生きているとは思えないが、万が一生きていれば、ジェミーを襲ったとしても不思議ではないと思える。


 迷宮がこの状態だ、魔物が『溢れ出し』を起こして階段エリアに侵入したという可能性もあるが、今問題なのはそこではない。

 重要なのは、ジェミーが何者かに襲われて、安全であるはずの階段エリアから危険で不安定な下層に手負いの状態で下りたということだ。


「ユーク、行こう!」

「行きましょう、ユークさん!」


 マリナとシルクが揃って俺を見る。


 ──「迷宮攻略ダンジョンワークのセオリーを守れ」。


 ベンウッドからかけられた言葉が脳裏をよぎる。

 これは先人たちがダンジョンに挑む後輩に必ず口にする言葉だ。

 緊急事態だといってそれをないがしろにすれば、必ず手痛いしっぺ返しに合うことになる。

 それは時に自分か、あるいは仲間の命で贖われることがあるという事を、ベテラン冒険者はよく知っているのだ。


「私はすぐにいけるっす」

「ボクも、大丈夫。でも、ユークの判断に、任せる」

「……」


 少しの逡巡ののち、俺は決断した。


「──行こう」





 ジェミーの無事を願いながら、先頭に立って階段を下りる。

 そんな俺達が足を踏み入れたのは、異様ながらどこか見慣れた風景の場所だった。

 空は夕焼け色に染まり、その赤い光が廃墟に影を作っている。


「ここ……ッ」


 レインが珍しく動揺した様子を見せる。

 とはいえ、この情景に心揺らされたのはレインだけではない。

 俺たち全員が、思わず足を止めた。


「崩壊してますけど、フィニス……ですよ、ね?」

「うん。だって、後ろにあるの……冒険者ギルドだもん」


 マリナの言葉に振り向くと、背後は階段から冒険者ギルドへと変じていた。

 その中にうっすらと階段が見えている。


「血痕は向こうっす」


 ネネが冒険者通りから西通りへと抜ける小さな辻を指さす。

 あの方向は……なるほど。


「ジェミーの行き先がわかった。ネネ、西居住区の『踊るアヒル亭』ってわかるか?」

「わかるっす」

「その方向に向かって先行警戒を頼む。……きっと、ジェミーは弟のいる家に向かったんだと思う」


 西居住区には、ジェミーの弟が住んでいるアパートメントがある。

 ジェミーは喘息の気がある弟をそこに住まわせていたはずだ。

 階段は……『無色の闇』はジェミーが願った場所に跳躍スキップさせた。


 いささか、この光景は趣味が悪いが。

 すっかり荒廃し、人の気配がない冒険都市。

 破壊の爪痕が色濃く残る多くの建物、傷だらけの冒険者ギルド。


「なんだか、怖い」


 レインが周囲を見回しながら顔をしかめる。


「うん。こんなのフィニスじゃないよ。静かすぎるもん」

「嫌な光景ですね。はやく、ジェミーさんを助けて帰りましょう」

「ああ。帰ったらジェミーにお礼と説教をして……みんなでパーティーにしよう」


そうとも。

ここは、俺達の帰るべきフィニスではない。


「ルート確保っす!」


 戻って来たネネが路地から俺達を呼ぶ。


「敵影なしっすけど、血痕の後を追う足跡があったっす。追われてるのかもしれないっす」

「急ごう……!」


 小さく息を吐きだして心を落ち着けてから、荒廃したフィニスを駆ける。

 見慣れた場所だからと言って気を抜いてはいけない。


「見えてきた……!」


 かつて俺が寝床にしていた『踊るアヒル亭』はすっかり破壊されていたが、出入り口に立っていた大きなアヒルの木像は健在だった。


「血痕と足跡は向こうっす」


 点々と続く血痕を追って、西居住区の広場に足を踏み入れる。


「……!」


 視界が開け、そこで、ようやく俺達はジェミーの姿を確認した。

 全身血にまみれて、土気色の顔をしたジェミーが、井戸に力なくもたれかかっている。


 そして、その傍らには下卑た笑みを浮かべて夕焼けの赤い光に身を晒す下手人。

 そいつが、俺の方にくるりと顔を向ける。


 顔のそこかしこは黒ずみ、片目は血のように赤く輝いている。

 とても人間とは思えないが、その顔に俺は見覚えがあった。


「やぁ、ユーク。そっちからきてくれるなんて、手間が省けたよ」


 俺に向き直り、三日月のように口角を上げる騎士。


「……サイモン……ッ!」


 死んだはずの幼馴染が、明確な殺気を撒き散らしながら嗤った。

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