第92話 最後のエバンテール一族

 続いて、大広間の奥にある階段から、ミーア王女とロビン様が腕を組みながら降りてくる。ロビン様を見ただけで、私の腕に鳥肌が立った。

 後ろには大泣きする赤ん坊を抱いた、乳母らしき女性がいる。


「よく集まりましたわ。今日はわたくしの出産祝いパーティーですが、大切な報告もありますの。私たちの子供はその女が持っていますから、好きに眺めていいですわ。大広間につくなり、ギャーギャーわめいてうるさいんですのよ」


 王女殿下の言葉に、会場はしんと静まりかえった。


「わたくしも産後ですから、そこで休ませてもらいますわね」


 階段の前に用意された豪奢な椅子に座り、ゆったり足を組むミーア殿下。隣に立つロビン様。

 そうして、貴族たちが我先にと彼らにお祝いの言葉を告げに行く。

 たくさん祝われた王女殿下は満足そうだ。

 彼女とロビン様の子供はポツンと……会場の隅で乳母が抱えている。

 王女におもねる貴族たちは、彼女の我が子への扱いを見て、子供より王女を優先させた。


(ええ~……)

 

 第二王子派貴族は、王女に群がる他の貴族たちを観察している。

 乳母の近くに立っていた私は、こっそり赤ん坊の様子を窺いに向かった。

 なんとなく、両親に顧みられない子供が心配になったのだ。


「あの、王女殿下のお子様を見せていただいてもいいですか?」

「ええ、もちろんです」

 

 乳母は抱えた赤ん坊をそっと私に見せる。ムチムチの赤ん坊は元気そうで、しっかり世話もされている様子。そして、今は泣き止んで静かだった。

 眠そうに目を細め、ウトウト眠りかけている。

 ナゼル様も私の横に並び、赤ん坊を起こさないように黙って観察していた。

 このパーティーの中で居眠りできるなんて、肝の太い子かもしれない。


 乳母や赤ん坊の負担になってはいけないので、赤ん坊の無事を確認したあとは、その場を離れた。

 王女殿下の前にはまだ長蛇の列ができているので、しばらく様子を見ることにする。

 すると、どこかで聞いた声が私を呼んだ。


「アニエス!」


 振り返ると、奇妙奇天烈な格好の二人の女性が、こちらへ歩み寄ってくる。

 彼女たちは……エバンテール一族だった!

 私の家族は捕まってこの場にいないが、罪を犯していない一部の親戚は残っている。


「まあ、聞いてはいたけれど……エバンテール家らしくない格好をしていたのは、本当だったのね!」


 一人の夫人……伯母に当たる女性が叫んだ。彼女は母の兄の嫁で他家から嫁いでいる。

 母の実家は、もともとエバンテール一族で、父とは従兄妹同士なのだ。


「あれだけの騒ぎを起こして、一族の者として恥ずかしいと思わないのですか!?」


 続いてわめきちらすのは、私の叔母……父の弟の嫁に当たる人物だった。


「実の両親をあのような目に遭わせるなんて……なんて親不孝な娘!」

「それは、お父様とお母様が罪を犯したからです」

「おかげで、エバンテール本家は断絶したのですよ? 私たちはなんとかやっているけれど、中には捕まったり、貴族籍を剥奪されたりした人もいるのに!」

「そうよ! 親を追い落として自分だけいい思いをするなんてずるいわ!」

「えっ……?」


 私は目を丸くして彼女たちを見た。一体何が言いたいのだろう。


「私たちだって、エバンテールに嫁いでからずっと色々耐えていますのに……あなたは堪え性がなさ過ぎます」

「こちらも好きでエバンテール式の格好をしているわけじゃないのよ。でも、嫁いだからには我慢しているの! なんで、エバンテール家に生まれたあなたにそれができないの!?」


 私はよそからエバンテール家に嫁いできた伯母や叔母の気持ちを初めて知った。

 厳格な彼女たちもまた、エバンテール式の生活に葛藤を抱いていたのだ。

 

(要するに、よそから来た自分たちが我慢しているのに、本家に生まれた私が自由なのが気に食わないのね)

 

 自分が辛い思いをしたからって、姪にも同じ苦しみを押しつけようと動く。

 けれど、そういう考え方は違うと思った。

 

 彼女たちだって私がずっとエバンテール家のやり方に逆らっていたのを知っている。

 力不足で、ナゼル様に保護されるまでは、エバンテール式の格好から抜け出せなかったけれど……

 そのときに、三人で力を合わせていればまた、異なる未来があったかもしれない。

 

(協力して、脱エバンテール式を目指せたかも)

 

 でも、当時の二人はエバンテール式を強要する人たちと一緒になって私を非難した。

 二人が嫌々エバンテール式を踏襲したからといって、どうして私までそうしなければならないのか。


「そんなの、間違ってる……」


 顔を上げた私は、正面から彼女たちを見据えた。

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