第77話 孤立する少年貴族(アニエス+ポール)
あのあと、トッレが気絶したポールを担いで客室へ運んだ。
門前に浮かぶ弟を放ってはおけない。
彼の姿を見慣れたエバンテール領の人はともかく、辺境スートレナの人からすれば、本当に露出狂に間違えられかねない。
砦から帰ってきたナゼル様に事情を説明した私は、これからのポールの処遇に頭を悩ませた。
「それにしても、どうやってここまで来たのかしら?」
着替え終えて広いリビングに入り、ソファーでくつろぐナゼル様に引っ張られ、膝の間に座らされる。この場所が最近の私の指定席みたいで、もはやケリーもトッレも今の状況に違和感を覚えなくなってしまった。
屋敷にナゼル様を制止できる者は一人もいない。
「エバンテール家の者に連れてきてもらったのではないかな?」
「でも、屋敷の前に一人で浮いていたし……エバンテール家は跡取り息子を他領に行かせたりしないと思うんです。ポールは、まだ一人でパーティーへ出かけたこともありませんし」
「起きてから話を聞いてみるしかないね」
「はい。実家とは極力関わりたくないのですが」
しばらく経ち、メイドたちがポールが目覚めたと伝えに来た。
気乗りしないけれど、このまま放っておくわけにもいかず、私は弟がいる部屋へ向かう。
「アニエス、俺も同行するよ。大丈夫、君は俺が守るから」
「ありがとうございます」
ナゼル様も一緒なのは心強い。
十二歳の弟から守ってもらうというのも変な話だけれど、ナゼル様の気持ちが嬉しかった。
※
ポール・エバンテールが目を開けると、正面に知らない天井が広がっていた。
少しして、自分がマッチョな男に体当たりされ、気絶したことを思い出す。
「なんなんだよ、あいつ……めちゃくちゃ怖かった」
腹立たしい気持ちを抑え、自分の置かれた状況を考える。
ポールは居心地の悪くなったエバンテール家に耐えきれず、無計画にも実家を飛び出したのだった。辺境スートレナへ向かう際には、他の貴族に手を借りた。
第二王子のパーティーを追い出されたあと、ポールは貴族の集まりに親を伴わずに参加するようになった。
両親は依然として公の場への出禁を食らっていたが、まだ子供ということで同情されたポールは、跡取りの立場もあって出禁を免除されたのだ。
家名に傷がついたので、早めに婚約者を確保しなければならない。
姉のように切羽詰まった状況に陥らないためにも、自分はきちんと相手を見つけるのだとポールは意気込む。
手紙のやり取りだけなら許された両親が、年頃の令嬢のいる家を見繕って連絡を取り、ポールはその相手が出席する催しに参加した。
隣の領地で開かれる、デビュー前の子供向けのパーティーで、少年少女たちはこのような集まりを通じて公の場での振る舞いを身につける。
生まれて初めての同年代の集まりに、伝統的な正装に身を包むポールの気持ちは高揚した。しかし、期待は早々に裏切られる。
「うわ、なんだよ。あの格好」
一人の貴族令息が、ポールを指さしながら馬鹿にした表情で声を上げた。
すると、彼の友人であろう他の少年もクスクスと笑い出す。彼らの目はポールのタイツに釘付けになっていた。
「まさか、ズボンを忘れてきたのか? タイツのままパーティーに参加するなんて」
失礼なやつらだとポールは憤慨した。
これは、エバンテール家の正しい装いであって、ズボンなどというペラペラしたものを着る方がおかしいのだ。両親はいつもそう言うし、親戚たちも皆、体のラインが出るタイツを愛用している。
偶然近くを通りかかった可愛らしい令嬢が、微笑みながら二人の貴族令息をたしなめる。
古き良き伝統的な化粧ではないが、美人で華のある少女はポールの婚約者候補だった。
「あなたたち、そんなことを口に出してはダメよ。あれも貴族の正装なの」
彼女の言葉に、ポールの気持ちは一瞬浮上する。やはり、正しさがわかる者にはわかるのだと思った。
けれど……
「といっても、百年くらい前の正装だけどね」
次の一言で奈落に突き落とされた。
「そういえば、ひいお祖父様の肖像画があんな感じだった!」
「そうなのか。どうして百年前の格好を? 目立つためか?」
「違うわよ。あの人、エバンテール一族よ。風変わりで奇天烈な外見は、エバンテール家の特徴なの」
「エバンテール家って……俺も聞いたことがある! 男は皆タイツで、女は化け物みたいな顔だとお兄様が前に言っていたぞ! しかも、当主と夫人は第二王子に無礼を働き、貴族の集まりに参加できなくなったとか」
「なんで、そんな一族の者がここに?」
「彼は子供で、婚約者を探さなければいけない立場だから、同情されて罰を免除されたのよ」
いても立ってもいられなくなったポールは早足になり、混乱しながら彼らから離れる。
後ろでは三人組の笑い声が響いていた。
「あんなのが婚約者探しとか、無理だろ。場違いすぎる」
「そうね。エバンテール一族の仲間入りをするなんて、絶対に嫌よね」
ポールは、わけがわからなくなった。少女は自分の婚約者候補なのに。
まるで、今まで暮らしていた世界がひっくり返ったようだ。
自分は両親や親戚や侍従や使用人から常に褒められる、完璧な人間だったはずなのに。
「なんで、どうして?」
同年代の子供たちは皆、「正しい装い」ではない。
それどころか、親がいないのをいいことに、露骨にポールを侮辱してくる。
会場のどこを歩いても周囲の反応は一緒で、誰もが冷たくポールをあしらった。
あんなに楽しみにだったパーティーなのに、今は全てが色あせて見える。
ポールは唐突に姉の行動を思い出した。
家にいた頃の彼女は、いつもエバンテール家の伝統的な装いを嫌がり、一つだけでも新しいドレスや靴が欲しいと母に訴え続けた。そして、化粧を薄くして欲しいと侍女に告げては却下されていた。
祖母の衣装があるのに、どうしてわざわざ安物を欲しがるのか、なんで薄い化粧にこだわるのかと疑問に思ったものだが……
姉があんなにもエバンテール家に反抗的だった理由の一端を垣間見た気がした。
けれど、彼女の意見を認めるのは愚かな貴族どもに屈したように感じられて……
ポールは自分を曲げられず、参加者を捕まえてはエバンテール式のよさを訴えた。
父や母が姉を罵り、エバンテール家の正当性を言い聞かせるときのように。
しかし、それはポールの孤立をより深めることにしかならなかった。
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