第75話 そのころの皆さん(ロビン+α視点)

 ロビンはまたしても不機嫌な顔になっていた。

 王都の屋敷でくつろぐ彼の足下には、部下の男が膝をついている。

 

「で、リリアンヌがナゼルバートの暗殺に失敗した上に、キギョンヌとアポーの阿呆が捕縛されたと」

「はい。今や辺境は、完全にナゼルバートの支配下に置かれました」

 

 皿に盛り付けられた「ヴィオラベリー・パイ」を拳で砕き、ロビンは部下をねめつけた。手の甲に紫色のクリームがべっとりこびりつく。

 

「まったく、どいつもこいつも役に立たないなぁ!」

「ロビン様、もう辺境へ追いやったナゼルバートに構う必要はないのでは? あのようなド田舎では自分の領地を守るので精一杯でしょう」

「うるさい、あいつが上手くやっているのが気に入らないんだよ。俺ちゃんは、こんなにも苦労人なのに!」

 

 ロビンは厳しい王配教育から早々に逃げた。

 多少知恵をつけたところで、現在実権を握るのは王妃。

 いずれ権力を奪うにしても王配教育は必要ない。面倒な仕事は部下に任せ、自分は玉座にふんぞり返るだけでいい。

 なんといっても、次期国王の父親なのだから!

 

「ナゼルバートの野郎、俺ちゃんの味方を容赦なく断罪しやがって……あ、そうだ」

 

 よいことを思いついたロビンは、手についたクリームをべろりとなめとって笑う。

 

「だったら、容赦なく断罪しにくい相手を向かわせればよくね? 俺ちゃん、最適な人材に心当たりがあるぅ~」

 

 部下はいぶかしげにロビンの話に耳を傾けるが、やがて命じられた内容に頷き動き出した。

 

「俺ちゃん天才、フゥーッ! 王都で第二王子派とかいうわけのわかんない集団も出てきたし、全部まとめて片付けちゃってぇ~!」

 

 自分の命令に満足したロビンは、今度は城へ出向く準備にとりかかる。

 ミーア王女のお腹は日に日に大きくなっており、出産の日も近づいていた。

 

(そろそろ、ご機嫌を伺いに行かなきゃ)

 

 つい最近まで浮気して様々な令嬢に声をかけていたロビンだが……先日、それが王女にバレ、令嬢たちは軒並み修道院送りにされるという事件が発生してしまった。

 リリアンヌの件も王女に浮気が発覚してのことだったが、彼女の親のように娘を放り出すのは特殊な例だ。

 

(なんだよ~も~。しばらく女の子に手出ししにくい空気~)

 

 王配も楽じゃないと思うロビンだった。



 ※


「ちきしょう! クソが……!」

 

 エバンテール家当主、マイケル・エバンテールは力任せにテーブルを叩いた。

 第二王子派の集まりに参加して以来、全ての行事への参加を禁じられ、社交界で孤立してしまったからだ。

 

「あなた、落ち着いてちょうだい」

 

 妻のサマンサが止めに入るが、彼はそれを振り払って叫ぶ。

 

「うるさい、当主に指図するな! これも全部、忌ま忌ましいアニエスと罪人野郎のせいだ!」

「口が悪くてよ」

「黙れ!」

 

 再度マイケルがテーブルを叩き、サマンサや使用人たちがビクッと体を震わせる。

 このところマイケルは、すぐものに当たり散らすようになった。

 以前は文句をつけてアニエスを殴っていたが、勘当して家からいなくなってしまったからだ。

 暴れる父と叫ぶ母の様子を、物陰から見つめる小さな影が一つ。

 

 ――エバンテール家の跡取り息子であるポールは、ただ息を潜めて嵐が過ぎるのを待っていた。

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