07.必ず手に入れる

*****SIDE アモル

 機嫌よく笑みを浮かべた堕天使おれは、ばさりと翼を広げた。青白い光をまとう一対の翼は、天使として神のそばにあった頃と同じだ。堕天すると黒く染まるはずのそれを、ばさりと羽ばたかせて新月の夜空へ舞う。


 空間の移動なので翼は必要ないのだが、つい開放してしまうくらい、今の俺は機嫌が良かった。


「……アモル?」


 鬱蒼とした森の中、耳慣れた声に振り返る。髪も瞳も黒い友人の姿に気付いて、すぐに隣へ舞い降りた。音を立てて畳まれた白い翼は俺だけのものだ。同じ堕天使である彼の翼は漆黒で、瞳や髪と同じだった。


「キメリエス、見つけたぞ」


 嬉しそうに告げられた言葉に「誰を」や「何を」といった形容は一切ない。しかし聞いた途端、キメリエスは目を見開いて驚きをあらわにした。


「……地上に?」


「ああ」


 端的過ぎて理解しにくい会話は、しかし当人たちには慣れたものでスムーズに進んでいく。


「取り戻せそうか?」


 キメリエスの問いかけに、アモルは残念そうに首を横に振った。


「いや……悪魔祓いだった」


 舌打ちしそうな顔でキメリエスが視線を逸らす。そんな友人に、俺は冴え冴えとした笑みを浮かべる。


「だが、左目を得た」


「ならば……」


「必ず手に入れる」


 俺の断言に、キメリエスも頷く。


 人々に荒涼とした廃墟や岩場だと誤解される地獄の森に、穏やかな風が吹く。人の世より自然が豊かな森の木々が揺れ、ざわざわと音を立てた。


「お手並み拝見といこう」


 自分と同等、堕天使として実力と美貌を誇る友人の言葉に、俺は口元の弧を深めた。









 契約で悪魔に目をくれたのは、今更取り返しがつかない。実際抉られて遠近感が狂ったわけでもなく、失明してもいなかった。問題ないだろう。軽く考えるオレをよそに、呆れて玉座に沈みこむクルスに手早く報告を済ませた。


 報告が終われば、さっさと退室するだけだ。オレはさっさと踵を返した。


「どうするの……」


 疑問ですらない言葉を詰るように投げかけられ、三つ編みを揺らして顔だけ振り向いた姿勢で笑う。


「とりあえず飯食うわ」


「じゃなくて!! 左目、どうするのって……」


「くれちゃったんだし、言霊有効だろ。どうしようもない……抉らないで残してくれたんだから問題ないさ」


 再び歩き出した部下であり友人でもあるオレの背に「もっと自分を大事にしてよ」と呟くクルス。


 かろうじて聞こえる程度の願いに、手をあげて応えたオレは扉をくぐる。背後の扉がしまったのを確認し、ばさりと前髪をかき上げた。


 歴史や権威を振りかざすための、古くて荘厳な建造物は埃っぽい臭いがする。独特のカビ臭さも慣れてしまった。ここに自分がいられるのは『悪魔祓いとしての忌むべき能力の高さ』故だ。使えるから置いておくが、使えなくなれば捨てるだけの駒だった。


 クルスは違う考えでいるようだが……。


『大事にする価値があれば、な』


 聞こえないよう声にせずこぼした言葉は、本音だ。自分に価値など見出せない。だから簡単に悪魔への代償に差し出せるし、相棒であるハデスを呼び出す際の対価も払えるのだ。人の身である以上、出来ることも時間も限られている――誰に言われるでもなく、オレは身に沁みて知っていた。


 悪魔祓いの特別待遇を得る司教という曖昧な地位を示すローブを揺らして足を踏み出す。


 響く靴音の傲慢さと裏腹に、オレの表情は苦いものだった。

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