遠野君は救い主

 二度と出てくれないかもしれない、という覚悟もしていた矢先だったので、藍子は勢い込んで、電話の向こうの晃に話しかけた。


「もしもし! もしもし! ごめん、遠野君に迷惑かけちゃって! 私、やる気が無いわけじゃないの、ただ」

『わかってるって。俺は別に、そこまで怒ってないよ』

「ほ、ほんと?」

『大護が、君の態度に気が付いて、爆発しそうな気配を見せていたからね、ああやって俺が最初に切れたフリをすれば、少しは沈静化するかな、と思って、わざと怒ってみせただけだよ』

「へ⁉ じゃあ、あれ、演技⁉」

『俺のことを何だと思ってるんだよ。そんな切れやすいキャラじゃないだろ』


 晃は朗らかに笑い声を上げた。


 藍子の肩から力が抜けていく。


 続いて、感謝と感動の念が湧いてきた。藍子のことを守るために、あえて、晃は自ら怒り役を買って出てくれたのだ。そのおかげで、大護にヘソを曲げられることもなく、こうして穏便に事は済んでいる。


 彼にはいつも助けてもらってばかりだ。


「ありがとう。ほんと、ほとんど絡みが無かったのに、中学で同じクラスだった、っていうだけで、ここまで助けてもらっちゃって……」

『気にしなくていいさ。俺が上条さんを助けるのは、それだけが理由じゃないんだ。君の抱えている悩みとか、すごく共感出来るから』

「共感?」


 藍子はその言葉に引っかかった。


「……ねえ、遠野君。前々から思っていたけど、そろそろ教えてほしいの。私に協力してくれたり、星場さんを紹介してくれたり、何かと職人系の人間に力を貸してくれるのって、どういう理由なの? 何か、わけがあるんじゃないの?」

『かもね』

「かもね、じゃなくて、ちゃんと話して。知りたいの」

『その前に、君のほうからまず話してくれないかな。一体、何があったんだ?』

「えっ」


 カウンター気味に、質問を質問で返されて、藍子は動揺した。


「私、は」


 話すべきか、どうすべきか、と迷っていると、晃はこちらの緊張をほぐすような感じで、明るい調子で話を続けてきた。


『おおよそ予想はついてるけどね。急に東京に行った、あの日以来、様子がおかしくなってる。綾汰君と、何かあったんでしょ』


 図星を突かれて、藍子は押し黙った。


『誰にも言わないよ。約束する』


 晃の優しい声に促されて、藍子は、覚悟を決めた。

 大体、自分は弟に告白されたほうだ。弟に告白したわけではない。何も変に思われる筋合いは無いのだ。


「実は……」


 あの日起こったことの一部始終を、藍子は話した。

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