晃が怒った⁉
結局、綾汰とは、あの後金沢駅で別れて以来、一度も会っていない。電話やメールのやり取りも無い。
あの時、どういう意味で「好き」と言ったのか、聞いてみたいところであるが、聞くのが怖くもある。
そんなことで悶々と悩んでいるうちに、とうとう、今この部屋にいるメンバーが何を喋っていて、どんな様子でいるのか、目に飛び込んでくる情報すら認識出来なくなってしまった。
「今日はここまでにしよう」
突然、晃が打ち合わせの中断宣言を発した。
ずっと大護の話を真剣に聞いていた玲太郎が、いきなりのことに驚いて、「えっ」と声を上げた。
藍子も、何が起きたのかと思って、晃のほうを見ると、相手の目はこちらに向けられている。表情は険しい。明らかに、藍子に対して何かを言いたげな様子だ。
(やば……!)
体に冷たい感覚が走った。
久しぶりに見た。晃が怒っている姿を。
いつもは飄々としていて掴みどころのない晃だが、芯が無いわけではない。あるラインを超えてしまうと、誰もが震え上がるほどに、冷たく、容赦ない怒りを露わにしてくる。
中学生の時に、気の弱いクラスメイトが不良にいじめられているのを見た晃が、烈火のごとく怒りながら不良に掴みかかったのは、いまだ記憶に残っている。
『晃を怒らせたら終わりだ』
当時、誰かが、そんなことを言っていた。
その晃を、藍子は怒らせてしまったのだ。
「君にやる気が無いんだったら、こんな場を設けても意味は無い。あとは好きにやってくれ」
藍子が何か弁解する隙も与えず、晃はさっさと作業部屋から出ていってしまった。
「まあ、今のは、お前が悪いな。集中力に欠けている」
大護は肩をすくめた。本当なら、一所懸命プレゼンしているところを聞いてもらえてなかったのだから、彼こそ一番怒るところであろうが、晃が先に怒り出してしまったせいか、冷静な態度でいる。
「ここ最近、藍子さん、様子が変なんです」
フォローしてくれているのか、玲太郎が状況を説明してくれた。
ただ、藍子自身は、特におかしな様子を見せていたつもりは無いから、すでに玲太郎が何かを勘付いていたと知って、意外な気持ちになった。
「寝不足とかなのか?」
「睡眠はちゃんと取ってるわ。ご飯もしっかり食べてる。ただ……」
そこで、藍子は口を閉じた。
「何か……あったんですか?」
玲太郎が尋ねてきたが、ここにいる二人にはあまり答えたくなかった。あの夜の出来事を語るのは、長年の関係で信頼している相手にしかしたくない。
「ごめんね。ちょっと、色々あって」
そう言ってごまかすしかなかった。
「色々、か。せっかく腹を割って仕事が出来る関係になったと思っていたけど、そう思っているのは俺だけだったようだな」
ため息をつきつつ、大護は立ち上がった。
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