あとは綾汰次第

「あれ、藍子さん?」


 奥へと入り込んだ綾汰は、後ろを向いて、藍子に声をかけた。


 藍子は立ち止まっている。楽屋へ行く気は無かった。


「行ってらっしゃい。私は、ロビーで待ってるから」

「え、なんで? せっかくだから、一緒に来ればいいのに」

「うーん、楽屋を覗けるのは魅力的だけど、遠慮しておく。だって、私は綾汰のお姉ちゃんであって、仕事上は、ただの部外者だもの」

「だけど、あの図案は」


 綾汰が最後まで言い切る前に、藍子は自分の唇に指を当てて、「しーっ」とそれ以上の発言をしないよう遮った。


 藍子の意図を察したか、綾汰は口を閉じた。


 あの図案は、一人だけで思いついたものではないが、そんなのは依頼主には関係の無いことだ。真実を知られたら、ややこしいことになるかもしれない。ましてや、藍子は、あの「友禅の魔女」の血を直に受け継いでいる娘なのだ。


 綾汰のためにも、百合マヤには、自分が今日この劇場にいることは隠しておきたかった。


「……ありがとう。行ってくるよ」


 綾汰は頭を下げて、廊下の奥へと消えていった。


「がんばれー」


 若干、取り残されたことに寂しさを感じつつも、藍子は手を振ってエールを送った。

 特に心配は無かった。

 綾汰だったら、きっと上手くやるだろう。そう信じて、警備員二人に会釈すると、ロビーのほうへと戻っていった。

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