秘密のメッセージ
晃の言う通りだった。
会社勤めの人間とは違って、工房に毎日いるかいないかは、単に作家の心がけの問題でしかなく、最終的に作品さえ出来上がれば、それまではどこで何をしていようと、他人が干渉することではない。
工房を間借りして、師匠の世話も受けている以上、行き先を伝える義務は、当然綾汰にはあるが、それでも強制力のある話ではない。
「納期はいつまでなんだ?」
辰巳が、肝心のところを聞いてきた。
「百合マヤは、衣装を一〇月からの舞台で使うそうだよ。他の職人の予定次第だけど、最短でも一ヶ月、余裕を見て二ヶ月。ただし、試着したり、プレス向けにお披露目したり、着用しての稽古をしたりで二ヶ月から三ヶ月はさらに必要だから、本当はもう図案が出来ていないといけない」
「もうまったく余裕は無い、と?」
「各工程の職人を、綾汰のために全部回せて、とんとん拍子で衣装作りが進んだとして、あと半月くらいかね、猶予は」
だいぶ、状況は見えてきた。そこから逆算すれば、どこまで綾汰のことを待てるか、おおよその日数はわかる。
「もって、あと三日。それまでに綾汰が戻ってくるか、何も連絡が無ければ、最悪は、今回の仕事はキャンセルするしかないね」
その時、藍子のスマホが震えた。
誰かからメッセージが届いた時の震え方だ。何だろう、と思って画面を見て、思わず声を上げそうになった。
綾汰からだった。
『今から駅の西口まで来て P.S.誰にも言わないように』
たった二行の、命令口調のメッセージ。
みんなが大騒ぎをしているというのに、なんだこの態度は、と藍子はムッとしたが、どんな事情があるかわからないので、周りには黙っておくことにした。
「あー、えっと」
まだみんなが今後のことについて話し合っている中、藍子は恐る恐る手を上げた。感付かれてはならない、と意識すればするほど、振る舞いが不自然になってしまいそうになる。
「ごめんね、私、これから用事があって、そろそろ出ないといけないんだ」
幸い、誰も藍子を不審に思わなかったようだ。
「わかった。何か進展があったら連絡するよ」
「うん、ありがとう。それじゃあ」
晃の言葉をきっかけに、そそくさと藍子は部屋を出た。
(もう! なんなのよ!)
今から行く、とだけ綾汰に返信して、遠野屋旅館の近くのバス停から、金沢駅行きのバスに飛び乗った。
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