無力なる自分
玲太郎はどうしているのかというと、カウンターの奥で、青ざめた表情で、藍子と大護を交互に見比べている。この一触即発の雰囲気の中、どうにかして仲裁に入るタイミングを掴もうとしているみたいだが、機を逃している様子だ。
「設備はどうする気だ」
「……ん?」
「加賀友禅は、俺の輪島塗と同じで、相当な数の工程を経て、ようやく一つの作品が出来上がるのだろう? 修行中の身で、ツテはあるのか? どうやって作業を行うつもりなんだ?」
そこまでの考えは無かった。藍子としては、ここ最近は図案を作ることばかりしていたから、しっかりと一つの友禅作品を仕上げることまで想定していなかったが、よくよく考えてみたら、様々な工程が必要となってくる。
その数、着物仕立ての作品を作らないにしても、ざっと思い浮かべてみるだけで、九つ前後。
まず生地の上に下絵を描く。
その下絵に沿って、「糊置き」を行う。これによって間仕切りを敷き、絵の輪郭線を境に、各パーツの色同士が混ざり合わないようにする。
次に彩色。だが、色を差して終わり、ではない。
色を差しただけでは、生地にしっかりと色が定着しない。熱を加えることで、繊維の奥にまで、色を深く食い込ませる必要がある。それが、「下蒸し」。彩色部分に蒸気を当てることで、色を定着させるのだ。
そして、一度、彩色された部分を伏せ糊と呼ばれる特殊な糊で全部覆う。これを「中埋め」といい、この伏せ糊で絵を保護した状態で、生地のベースとなる地色で染める「地染め」を行う。その「地染め」で染めた色を定着させるため、「下蒸し」より長く熱を加える「本蒸し」をする。
最終的に、生地に置いた糊や、余分な染料を洗い流すために「水洗」を行う。「友禅流し」等のイメージで有名な工程だが、最近は川の流水でやることは少なく、工場に作られた人工の川で「水洗」することが多い。
あとは、染めムラやにじみを補正して、やっと完成となる。
これだけの工程を、全部一人でやっている作家は少ない。多くの友禅作家は図案から彩色までを担当し、それ以降の作業については専門の職人に任せていたりする。
(私が出来るのは、彩色まで。他の工程は、自分だけでは出来ない)
また、藍子は、各職人と面識はあるが、正式に仕事の依頼をかけるほどの関係ではない。
つまり、今のままでは、藍子は何も加賀友禅としての作品を作ることが出来ない、ということになる。
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