仲裁
「な、なあに、あなたは」
「上条藍子と申します!」
慌てて飛び込んだせいで、馬鹿丁寧な名乗り出しになってしまった。
「すみません、他人の家庭事情に口を挟むようなことはしたくないんですけど、見ていられなくて! ちょっといいですか?」
「ダメだ。部外者は引っ込んでいなさい」
まったく容赦の無い父親の拒絶に、早くも藍子は心が折れそうになる。
いくらなんでも、ノータイムで引っ込んでいろは、酷すぎる。
「わ、私も、夢があって頑張っている身なんです。だから、玲太郎さんの気持ちはすごくよくわかります。出来れば、ここでカフェを開いて、頑張ってほしいんです」
「ほう、夢。あなたの夢とは、一体何なのかな」
玲太郎の父親は、小柄でありながら、引き締まった肉体をしている。何か武道でもやっているのかもしれない。どこか威圧感もある。
気圧されてたまるか、と藍子は拳を握り締めて、しっかりと四肢を張って仁王立ちした。
せっかくのデザインの仕事が、フイになってしまうかもしれない、危急存亡のときだ。負けてはいられない。
「頑張れ、上条さん」
背後からエールが飛んできた。
遠野君、うるさい、黙れ、と藍子は内心毒づく。
「私は、加賀友禅の作家になりたくて、中学を卒業してからずっと修行しています」
「ふむ、友禅作家。あなたはこの地元の方ですか」
「はい。金沢で生まれて、金沢で育ちました」
「何年くらい修行を?」
「もう十何年も修行しています」
「だが、いまだに作家になれていない、と」
「ええ。恥ずかしい話ですけど、一年前、さすがに辛くなって、修行していた工房を飛び出したんです」
「それで、いまはどうされているのかな?」
「パン屋でアルバイトしています。金沢駅構内にある、カフェもやっているところです。レジ打ちや、ホールスタッフのようなこと、掃除まで、パンを焼くこと以外のことは大体なんでもやってます。雑用係、ですね。でも、修行中はほとんど収入なんて無い状態で、父に養ってもらっていたような状態でしたから、パン屋で働くようになって、遥かに環境はよくなったと思います」
「それはいい、ちゃんとした収入があるのはいいことだ。ぜひ続けてもらいたい」
玲太郎の父親は拍手した。自分の息子には、安定した仕事に就いてもらいたいと思っている父親だから、いまの藍子の話は渡りに舟だったのだろう。
そういう風にダシにされるのを覚悟で、藍子は自分の話を切り出した。玲太郎が不利になるリスクは重々承知の上だった。
だけど、本題はこれからだった。
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