香水の君 3

 突然向かってくる俺の姿に気が付き、2人は驚いたのか、軽く瞳を見開かせて、俺を見つめていた。


 俺は、静かにまず一礼すると、焦らずゆっくり口を開いた。


「突然すまない。俺はアルフレッド・ルグランと言う者だ」

「え、ルグラン伯爵家の!? っ……、あ、いや、大変失礼いたしました。私はローラン・グラッセと申します。こちらは妹のベルティーユ・グラッセです」


 突然伯爵家から声をかけられた上に、失礼な発言をしてしまったと、2人とも慌てて頭を下げ、名前を名乗ると、貴族の礼を取る。

 

「あぁ、いや、そんな畏まらなくていいんだ。気になる事があったから、声を掛けさせて貰ったんだしね」

「気になる事、とは……」

「2人とも顔色が悪いなと思ってね。もしかして、気分が優れないのではないのかなと、思ったんだ」


 俺の言葉に、2人共、あ……と軽く口元が動き、肯定の仕草を見せた。が、それもほんの一瞬の事で、すぐに微笑を浮かべる。


「ルグラン様、お気遣いありがとうございます。私もベル……妹も、これ位であれば、よくある事ですので、問題ございません」

「だが失礼だが、もしかして、アルコールの香りが強くて、体にキツイのでは?」


 この言葉には、2人共、軽く肩を跳ねさせる。やはりそうか。


 最初に見かけた時、2人共お酒は飲んでおらず、果実水を手にしていたからな。アルコール類は、体が受け付けられないのだろう。


「その……確かに私も妹も、少しきつくはありますが……その様に、仰って頂くほどの事ではございません。ルグラン様のお心遣い、感謝致します」

「いや、気が付いてないのかもしれないが、顔色がどんどん悪くなって来ている。今夜はもう、帰られた方が宜しいでしょう。宜しければ、馬車までお送りします」

「いえ、そこまでしていただく訳には……」

「俺が、いや、私がしたいのですよ」


 ここで押し問答をしていれば、している程、体調が、特にドレスにワインがかかってしまった香水の君は、苦しくなるだけだ。


 それに気がついたのか、グラッセ子爵令息も、逡巡の間置いてから、コクリと、首を楯に頷かせる。


「では……恐れ入りますが、妹をお願い出来ますか。アルコールの香りは私よりも、妹の方が体に響いてしまうのです」


 推測はしていたけれど、やはりそうなのか。


 だから彼女は、自分で香水を作っているのだな。


 しっかりとした知識さえあれば、アルコールを入れない香水も作れなくはない。


 目線だけで、彼女を見つめれば、先程から頭を垂れたまま、静かにしている。


 無論、俺とグラッセ子爵令息が話をしているからというのもあるが、顔色の悪さに加えて、軽く息が上がって来ているのが分かる。

 ……本当は立っているのもキツくなって来ているのだろう。それを表情にも出さず、言葉にする事もなく、よく耐えている。が、早くゆっくりさせてやりたい。


「それでは、グラッセ子爵令嬢。馬車まで、送らせて頂いてもよろしいでしょうか」


 俺の問いかけに、彼女は顔を上げると、返答に困ったのか、軽く視線を彷徨わせる。


「……え……いえ、あの……ルグラン様、私は本当に大丈夫、ですので……」

「本当は立っているのも、辛いのでしょう? どうか、ご無理をなさらず、送らせて頂けませんか」

「ベル、素直に送られなさい。ここまで仰って、頂いてるんだ。断ったら、返って失礼に当たってしまうよ。私は馬車までくらいなら、1人で大丈夫だから」

「お兄様……。ごめんなさい、私が久しぶりに舞踏会に、行きたいとわがまま言ったばかりに、お兄様まで体調を……」


 申し訳なさから、泣きそうになってる彼女に、グラッセ子爵令息は、気にしないでおくれとか、私も久しぶりに来たかったから、いいんだよとか、慰めている。


 兄妹とも、本当に体が弱くて、舞踏会や、晩餐会等には参加するのが難しいのだな。恐らく人酔いもしやすいのだろう。


 近くに従者が控えていたので、令嬢は俺が送るから、兄をお願いしたいと、従者の者に頼んだ。そして……。


「きゃっ!」

「あぁ、すまない。一言先に伝えるべきだったね」

「い、いえ……ありがとうございます」


 ふらついていたため、肩を貸すよりも、抱きかかえた方が良いだろうと思い、何も言わずにヒョイと抱き上げてしまった。


 令嬢からは、当然驚きの声が上がってしまい、悪い事をしたなと思うが、ドレス越しにも、既に少し体が熱っぽいのが伝わるので、やはり抱き上げて正解だなともなる。


 俺は彼女の体に負担が来ないように、ゆっくりとした足取りで、馬車へ向かおうと、1歩踏み出す。


 その動きが軽く空気が動いたのもあるからか、彼女からは爽やかな柑橘の香りが香る。


 そしてそれは、俺が付けている香水も、彼女の方に漂ったようで、息が上がってる中でも、彼女は、その香りに反応を示した。


「あら? この落ち着いた海のような香りは……タンカルムの新作の、ヴェールドメール……」

「そうですよ。グラッセ子爵令嬢も、購入されてたんですね」

「はい。私、香水が大好きなんです。諸事情があって、流通してる香水はあまり使えないので、作ってるのですが、最近のタンカルムの香水は、私でも使える香水が増えてきてて……。屋敷にいる時に、よく付けてるんです」

「ありがとうございます。そう言って貰えると、俺としても嬉しいです」

「? 嬉しいのですか?」

「あぁ、伝えてませんでしたね。タンカルムの香水を作ってるのは、俺なんですよ」

「え?」


 笑いながら伝える、俺のその言葉に、腕の中の彼女は、ピシリと石像の様に固まった。



 ついでに周囲の令嬢の動きも固まっていた。

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