第15話

 仕方ないと言えば仕方ないが、威勢よく開戦するなり映像自体が無意味と化すほどの、広範囲攻撃の嵐が巻き起こった。

 魔法使い系は広範囲攻撃の種類が豊富だ。

 魔法使いから昇格するジョブ2『魔導士』は既存の魔法を複数組み合わせた新魔法の構築まで可能とする上位の存在。

 最大五種類まで、魔法の配合が許される。

 映像に映るそれも恐らく、五種類の魔法を組み合わせた必殺の応酬で、華々しく繰り広げられている。


 黒煙・白煙が入り乱れる中、煙中より飛び出した馬に騎乗する『騎射』のプレイヤーが上空へ矢を射る。

 広範囲攻撃『五月雨』だ。

 映像からは煙等、視覚の妨げとなる状況により姿を確認できないが『騎射』のスキル、『時雨』『夕立』『天津風』などのエフェクトが上空から確認できる。


 啞然とする観客を代弁するかのようにキャサリンが叫ぶ。


「うわ~~~~!? 開始早々、何がなんだか分かりません! 広範囲攻撃の猛襲です! 近距離型プレイヤーは無事なんでしょうかっ!!?」


 上空には箒で悠々と移動する魔導士たちと、忍具で浮遊する『忍者』(盗賊の昇格後)たち。

 『守護騎士』(盾兵の昇格後)たちは、スキルで防御しきったようだ。

 一人だけの魂食い・紅殻も『ソウルターゲット』で回避したらしく、煙から飛び出す。


 だが、広範囲攻撃はまだ続く。

 今度は魔法や矢以外にも、忍者の『多重手裏剣』が上空より降り注ぎ。

 銃使いの昇格後『狙撃手スパイナー』の砲弾らしき攻撃エフェクトも確認できる。


 僕ら観客からは、現場の状況なんてサッパリ。

 どよめきや不安の声、サクラは「ホノカちゃん映しなさいよ!」という苦情。

 周囲の反応は千差万別だった。


 レオナルドも「ムサシとカサブランカは大丈夫か?」と思わず僕に尋ねる。僕はそれに答えた。


「アレではプレイヤー全員の視界が悪い。地上に残る近距離型が回避するのは普通は困難だよ」


「じゃあ……」


 映像を眺め続けると、再び紅殻の姿が。

 彼女は視界を確保するのに『ソウルオペレーション』で鎌を回転させ、風圧で煙を払っていた。

 他プレイヤーから位置がバレるのは承知の上だろう。


 その彼女を襲撃したのは、同じ上空にいた魔導士や忍者ではなかった。

 煙から縫うように現れる黒い影。

 和と対比的な漆黒の洋装を纏ったムサシだ。


 紅殻も即座に反応し、正面から五本の大鎌を彼目掛けて飛ばしたが、ムサシは複数の大鎌の合間を上手い具合にすり抜ける。

 無防備状態になった紅殻は『ソウルターゲット』で切り抜けようと試みるが。

 動作を取ろうとした時には、ムサシに斬られた。


 ムサシは再び煙へ潜り込んでしまったが、それを目撃した観客は歓声が沸いた。


「ムサシ生きてんじゃん!」


「すげー! 空中泳いでんのかよ、アイツ!!」


 彼の生存に安堵したレオナルドだが、不思議そうでもあった。


「ムサシの奴、どうやって回避してんだ?」


 ああ、それは。僕がレオナルドに教える。


「多分、などを頼りにしてるのさ」


「え!?」


「感覚設定を最大にして、地面に伝わる振動・風圧・音……五感を頼りに敵の位置を捕捉する。プロのVRMMOプレイヤーには常識的な技術らしいね」


「でもそれって攻撃受けたら、めっちゃ痛いんじゃ」


「まあね。最大のデメリットだよ」


 ショック死に直結するのも考慮し、VRMMOでの最大感覚をゲーム側で調整しているらしい。

 一般的には感覚設定は低くするのを推奨される。痛みが嫌いで感じないように0とする事も可能だ。


 それはさておき。

 空中では魔導士と忍者の制空権争いが勃発。

 広範囲攻撃が落ち着いたのは、スキルの連発によりMP切れが起きたから。

 同じギルド所属の守護騎士に守られていたプレイヤーの生存を確認できる。


 漸くキャサリンはまともな解説を始めた。


「さ、さて! 既に多数の脱落者が出ている模様!! こちら、現在の上位十名のランキングを表示いたします!!」


 すると、中継モニターとは別に、観客全員が見られるよう四方にランキング画面が浮かぶ。

 再び、会場全体にどよめきが走った。

 レオナルドも「おっ」と驚きではなく『やっぱり』なリアクションをする。


 僕らが知らぬ内に、煙の中だけで壮絶な戦いが繰り広げられていたようだ。

 上位を占めているプレイヤーに、魔導士や騎射は一切居ない。忍者もだ。

 開幕からの広範囲攻撃など予想の範疇だったのだろう。


 ムサシ同様に五感を頼って回避したか、何等かの方法で切り抜けつつ、煙に乗じて他プレイヤーを狩った。

 そんなランキング内容。


 しかし……問題なのは現在のトップが。

 これには中田も身を起こす。


「おっと? 一位は『裁縫師』のカサブランカ選手ですか」


「ビックリですね、これはっ!!! 一体何が起きているのでしょう! 映像を切り替えられますか!?」


 一位はカサブランカ、その次がムサシ。

 だが、互いに順位が入れ替わり続けて拮抗状態と化している。

 キャサリンの要望に応じて、中継映像はカサブランカの方へに切り替えられた。


 カサブランカは、僕らも以前見た刃を外した大鋏の二刀流状態だった。

 白色で目立つ彼女を狙う剣豪(剣士の昇格後)や拳闘士(格闘家の昇格後)が、周囲の木々に身を隠しつつ。個別に取り囲み始めている。

 彼女は微動だにしない。


 耳を澄ましている。五感を頼りに敵の位置を捕捉しているのか。


 まず、を取り出す。ミシン糸を巻き付けるのによく見る筒状のアレだ。

 通常よりも大きいボビンを回転させて、ある一点目掛けて移動。

 すると、ボビンが虚空で何かに衝突。スキルで透明化していた忍者だ。


 忍者の姿が露わになった瞬間、カサブランカは次の攻撃行動に移る。

 見届ける必要なく、ボビンが潜んでいた忍者に命中すると確信しきった切り替え。

 新たな武器――裁縫道具を出現させる。


 次なる得物は、大鎌ほどの大きさの

 柄の先に小さな歯車があり、それを回転させ布地などに印をつける道具なのだが……

 鍛冶師が加工したのか? 歯車の部分は、すっかり丸鋸に変貌を遂げている。


 先端の丸鋸が回転を開始するのに、他プレイヤーたちが動揺するのはおかまいなしに。

 カサブランカは丸鋸ルレットを振るう。

 周囲一帯の木々を斬り落とすだけではなく、プレイヤー達にもダメージを与える。


 遠距離攻撃には巨大な針山で銃弾と矢を受け止め。

 以前、僕らの前で見せたように糸を触手の如く操作し、馬を転倒させ。

 単に糸で拘束するのではなく、木々を利用して首に糸を巻き付け、プレイヤーを吊るし上げる。


 同じく地上では鋭利な刃がついたボビンも回転し、プレイヤーに迫る。

 中でも武器の大鋏を破壊されて以降は、ナイフよりも長めの大針で急所たる頭部を狙い。

 編み物で使用する棒針を槍のように振るった。


 ……他にも針の雨、フリスビーボタン、新たな武器もといリッパーと呼ばれる糸切り道具の登場。

 攻撃手段は豊富にあるが。

 厄介なのは、彼女の異常な操作能力と反射神経。


 一個人の攻撃、一つのスキルを繰り出すだけ。それだけならVRMMOの常連者にとっては、余裕で対応可能な部類に入る。

 だが、彼女は手元の武器を振るいながら、ボビンや針雨、ボタン、糸を操作する。

 加えて、開幕繰り広げられた大雑把な広範囲攻撃とは違った精密さで。


 五感を頼りに、全プレイヤーへ的確に対応した攻撃を仕掛ける。


 これが敵モンスターの一挙動であれば、手強い敵として許容される部分もあるだろうが。彼女は普通に操作しているだけの一般プレイヤー。

 十人の話を一度に理解するような、空想染みた化物でしかない。

 全員が彼女に呆気取られ、キャサリンも慌てて解説に戻る。


「す、すごっ、凄まじい反射神経です! 彼女一体何者なんでしょうか!! 最早、ランキングの一位争いはカサブランカ選手とムサシ選手の……おおっと?」


 中継映像を眺める中田は、冷静な反応を返す。


「他プレイヤーの方々、逃げてますね」


「敵わないと判断し逃亡~!?」


「まあまあ、これも一つの手ではありますよ? 強いプレイヤーを無理に狙わないで、他プレイヤーを倒してポイントを稼ぐ。今回のバトルロイヤルはで順位を決めていますから」


「う、うーん。ちょっと納得いきませんがっ」


 怯えた様子で逃亡するプレイヤー達を、カサブランカは追跡しない。

 つまらなそうな嘆息。

 それから『スタミナドリンク』などの強化アイテムを使用する。

 他プレイヤー達が貢献度やポイント獲得を求め、必死に駆け回っている最中。


 彼女は探索するかのように、ゆっくりとした歩調の下、徒歩移動を始めた。





「ホノカちゃん、いけー!」


 レオナルドの隣で喧しく応援するサクラ。

 中継映像にはホノカが映し出されており、上空の魔導士を倒すべく拳闘士のスキル『大気蹴』で空中を走り抜けられるようにして、次々とプレイヤーを倒して行く。


 先ほどまで異常性全開で無双していたカサブランカは、すっかり落ち着いた。

 倒された訳ではない。誰も倒さないだけ。

 他プレイヤーがポイントを稼ぎ、彼女は上位十位から圏外に落ちた。


 一位に君臨しているのは、ムサシだ。

 カサブランカに匹敵する反射神経を駆使して、武将で習得可能となる二刀流となっていた。

 以前、僕達も見たジャグリングスタイルで次々と他プレイヤーを斬る。


 ランキング上位には、やっとホノカの名前が浮上し、サクラが歓喜を上げていた。

 序盤の広範囲攻撃が嘘のように落ち着き、バトルロイヤルも中盤に差し掛かる。

 真剣に鑑賞していたレオナルドは、気づいて僕に話しかけた。


「自棄に静かになったな?」


「うん、やっぱりね。みんな疲れているんだ」


 中継映像を見ると、疲労で潰れた馬が一時消失した騎射の姿があった。

 騎乗していたなら体力は残っているだろうが、弓矢を引こうとして中断し、手首や腕の筋肉痛を感じるような仕草を見せる。


 勢いあった他プレイヤーも、様々な物陰に隠れながら休息を取っていた。

 魔導士は頭を抱え、武器を振る近距離型は腕の痛みや体力の消耗による疲弊、駆け回るのを得意とする盗賊は足の筋肉痛に苦しんでいる。


 疲労を甘く見て、薬品を購入しなかったのだろう。そうなると、余裕があるプレイヤーは彼ら。

 静まり返った場を波紋を起こす一撃。


「ああっと!? ここで『医者』が勢いをつけ始めてます!!」


 途中で武器が壊れたらしく、まるで格闘家と同じ素手で渡り合う『医者』のプレイヤー。

 むしろ、これを狙っていたのだろう。

 遂に、件の医者統一ギルド『ヒュギエイア』のメンツが動き出す。

 彼らの、現時点でのキレの良さは、他プレイヤーに比べ格段と違う。

 開発者冥利に尽きる様子で中田が言う。


「他プレイヤー達は全身あらゆる機能の疲労困憊状態ですが、身体強化の薬品をクールタイムなしで使用し続けられる『医者』は中盤にかけて伸びてきますよ」


 キャサリンが状況を理解したらしく、声を上げた。


「ああっ! 確かにっ。他プレイヤーの方々は疲労蓄積で勢いが低下しているのに。ズルじゃないですか!」


「あのくらいのズルがないと他ジョブと渡り合えませんから……」


 途端に会場がざわめいた。

 再び、遂にだろうか。カサブランカの姿が映し出されたからだ。

 加えて、ゆったり徒歩で移動し彼女が鉢合わせたのは―――ムサシ。


 カサブランカがムサシに話しかけていると分かるが、何を話しているのかはこちらから聞き取れない。

 彼らの邂逅に、レオナルドも身を乗り出す。

 最強と異常の対決がどのようなものになるか。観客の誰もが息を飲んだ。





「ああ、よかったです。こんなに早く貴方と出会えて」


 弾む声色で話しかけるカサブランカに対し、ムサシは彼女を見る際に目を細める。

 カサブランカは、一方的な不満を並べ始めた。


「本当、嫌になりますよ。裁縫師相手にどんな手が仕掛けられるのか、楽しみしていたのですが……まさか、何の対策もして来ないなんて。期待していた私が、馬鹿みたいじゃないですか」


 裁縫師。その単語を聞き、ムサシの手が僅かに止まる。

 カサブランカは失望の溜息をつく。


「存外、この界隈は弱者の集いのようですね。私が現実リアルで相手した輩の方が手強かったですよ」


 ロクでもない内容を語る女に、ムサシは無言で斬った。

 だが、いともたやすく、カサブランカが片手の指二本で白刃取りする軌道がムサシにも見切れる。

 彼女の指が刃を受け止めた瞬間。ムサシは振ったカタナを手放し、鞘に持ち変える。


 そして、鈍い金属音が響き渡った。

 激しい斬り合いが開幕する。

 カサブランカは、両手に大針二本構え、ムサシの刃を上手く受け流し、彼の隙を探り始めた。


 彼女がムサシの腕力とカタナの重量を平気で耐えているのに、珍しくムサシが喋る。


「頭がおかしい奴だ」


 今度はカサブランカが黙っている。

 真剣な表情で、針穴に糸通した大針を数本加え、斬り合いに参戦させた。

 レオナルドは彼女を強いと呼んでいたが、全く違うとムサシは分かる。

 彼女は『殺し合い』という難問に挑戦しにきたイカレだと。


「終電を乗り過ごした酔っ払いの方がマシだな」


 こうしている間にも、如何に『ムサシ』という超難問を解き明かそうか試行錯誤を繰り返している。

 ムサシが、人の顔を認識できないように。

 カサブランカは、人を人ではなく『数式』と認識している。異常極まりないだ。

 ひとでなしが真剣な眼差しをしているのが、気狂い以外のなんだという。


 待ち針やボビンに棒針と、手数を増やしていくカサブランカ。

 彼女のような思考回路の輩には、普通の技など通用しない。反射神経は優れ、五感も敏感。

 ならば――


 カサブランカとムサシは互いに遠くから、走り駆ける音を耳にする。

 お互い、攻撃の手は緩めない。カサブランカだけは、手元に先端が丸鋸になったルレットを構えた。


「『春季闘争』!!!」


 接近するプレイヤーが発動したのは格闘家系のスキル。

 一定時間、全ステータスを増強化する。

 デメリットは効果が切れると全ステータスが本来よりも半減してしまう。


 本来なら終盤で発動するべきスキル。だが、地面を裂く勢いで足を振り落とし、二人の合間に割り込む拳闘士は違った。


「やっと見つけた! テメェだけ倒せば、後は楽だからな―――ムサシ!!」


 その人物は、よりにもよってホノカだった。

 彼女の足技を軽々回避し合ったムサシとカサブランカ。

 ムサシは相変わらず表情動かさず無言。ホノカとは初対面なので、話しかける素振りすら見せない。

 カサブランカも不思議そうな顔で、ホノカを髪先からつま先まで観察してから。


「私が片付けますので、貴方は休んで貰えます?」


 と、ムサシに対して言うものだから、ホノカが憤りを感じない訳が無い。


「んだと……!? しかも、いつかの勝手にパーティ抜けた非常識野郎じゃねえか!」


 カサブランカが躊躇なく振りかざすルレットを蹴り上げるホノカ。

 ルレットが手元から上空に舞い、一見カサブランカは無防備になった。

 だが、既にホノカの周囲に針とボビンの群衆が取り囲んでいる。


「小細工なんざ通用するか! 『波動』!!」


 ホノカの体から魔力の圧が放たれ、道具類は全て吹き飛ぶ。

 今度こそ無防備になったカサブランカ目掛けて、ホノカは直情的に拳を突き出す。

 カサブランカは足場を整え、普通にホノカの手首を取る。それから、ホノカの外側に体を捌いて、仰向けに倒すまで不気味なまでに機械的にこなす。


 何故、こんなにもあっさり。

 呆然とするホノカに対し、カサブランカは至って平静に告げる。


「これ、合気道の技なんですけどね」


 上空から蹴り飛ばしたルレットがクルクルと落ちて来るのに、ハッとしてホノカが体を起こそうとした時にはカサブランカが、彼女の体に針を突き立て、地面に張り付けた。

 血は流れないが、感覚設定を高めていたホノカは痛みで叫ぶ。

 高速回転するルレットの丸鋸が、ホノカの脳天に突き刺さった。


「何故、私が刺繡師を選んだのか。殺す手段が他のジョブより多いと思ったからですよ」


 惨劇が繰り広げられてる最中。

 ムサシはアイテムから『特製スタミナドリンク』を選択していた。

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