ユーリ・ハワードと愉快な仲間たち
秘密基地少年団
第1話 勇者エリオット
勇者エリオット。
それは各国を流浪する一人の冒険者を差す名称。
各国に流れる噂では、その容姿はまだ幼く子供と同じくらいの背丈で、しかしその力はあらゆる魔族、魔物をも滅ぼすといわれている。
勇者のもっとも輝かしい功績には3つある。
永久凍土の国の大魔女 『エンドラ』
深淵の森のダークエルフ 『リリス』
終焉の瀑布の海魔 『リヴァイア』
どれも神話に登場する
驚くべきは、その偉業を勇者はたった"一人"で達成したこと。
勇者の苛烈な戦いは、世界中の英雄たちも付いていくことができない。
ゆえに、勇者に肩を並べることのできる仲間はおらず、常に孤高。
どの国家、宗教、団体に所属せず、世界中を旅する勇者。
誰も、勇者の心情を知ろうとはしない。
誰も、勇者と同じ景色を見ようとはしない。
だからだろう。人々がそれに気づくのが遅れたのは。
――勇者が突然旅をやめたこと
――険しい山の麓に小屋を建てて引き籠ったこと
――強大な魔族、魔物たちが再び世にあふれ出したこと
これ以上、被害を抑えるためには勇者に再び旅を続けてもらい、魔族や魔物を退治してもらわなければならない。
そう考えた各国はすぐに使者を送り勇者に懇願したが、どれも実を結ぶことは無かった。
そうして人類が魔族、魔物に脅かされる日々が数年続いていき、それに耐えかねたある国が再び勇者に使者を送ることを決断した。
馬車に揺られて一体どれほどの日が経っただろうか。
旅慣れない体は、すでに熱を持ち体調不良を訴えている。
馬車の振動が俺の尻に伝わり、腰まで痛みはじめた。
それでも途中で休むことも無く、ただひたすらに前へ進む。
(どうして俺が……)
ボロボロの体で思考もまとまらない俺は、ただそれだけを自問しながら旅の日々を過ごしてきた。
田舎貴族の次男坊ながら王都で文官として必死に働き、なんとか大臣の腹心にまで上り詰めた俺が、一体なぜこんなことに……。
だが、それも今日までだ。
数日前から見えていた天にも届くといわれる霊峰、その麓にある小屋が今、視界に入る。
何を思ってこんなところに小屋を建て、住もうと思ったのか。
まずはそれを問いただしたくなるが……そんな気持ちを抑え、俺は交渉に支障のない人当たりのいい笑顔を血色の悪い顔に張り付ける。
(これで門前払いをくらったら正気を保つ自信がないな)
そんなことを考え、小屋の近くに馬車を停める。
小屋の近くに畑らしきものがあり、しゃがみ込んで農作業をする人影が一つ。
頭巾の上に麦わら帽子をかぶっており、後ろ姿からは判断がつかないが間違いなく勇者だろう。一応確認のために声をかける。
「そこの者。少し尋ねたいことがあるのだが、いいだろうか」
俺の呼びかけに反応し、立ち上がって振り向いた人物は答える。
「こんなところに人とは珍しい。何だ?」
その声は女のもので、その人物の顔も女性的で美しく整っていた。
俺は少し動揺し、固まる。
(……? 勇者はこんなところで嫁でも見つけたのか?)
まぁ、一人で生きていくのも寂しかろう。
勇者も人間なのだなと思いつつ、肝心の勇者がどこにいるのかこの女に聞かなければならない。
「実はな、俺はここから遠く離れた王国の使者なのだ。勇者エリオット様に話があってきたのだが、今は不在なのだろうか?」
「……」
女は俺の問いに答えず、ただ眉をひそめてこちらを見る。
明らかに不機嫌そうだ。
「な、なんだ。俺が何か変なことでもいったか?」
「……いや、なんでもない」
そういうと女は再びしゃがみ込み畑仕事を始める。
「あ、あのー……そういえば自己紹介が遅れていた。俺の名はユーリ・ハワードだ。親しい者からはユーリーと呼ばれている。君もそう呼んでくれ」
「……」
彼女は黙々と雑草を引き抜いている。
なぜこんなにも邪険にされる?勇者は随分と気難しい女を嫁にもらったものだ。
「よければ名前を教えてはもらえないだろうか……できれば勇者様の居場所も」
「……エリオット」
ん? なんだ、なぜ急に勇者の名を?
「え? あ、あぁ、勇者様の場所から教えてくれるのか?」
「違う。私の名だ。エリオット、姓はない。ただのエリオットだ」
は、はは、この女、何を言うのかと思えば……。
しかし、確かに勇者は子供のような容姿という以外、何も外見に関して記録に残ってはいない。
最後に勇者と交渉した者は、もう5年も前のことだ。
性別の判断がつかない年頃から成長したのだと思えば、辻褄は合うが……。
「で、では貴女が勇者様なのか? あの『エンドラ』や『リリス』、『リヴァイア』を屠ったという勇者エリオット様だと?」
「私は、自分から勇者と名乗ったことは無い。人が私をどう呼んでいたかは知らない。だが、魔女やダークエルフ、ウナギみたいな化け物を倒したのは私だ」
なんでもないことかのように語るエリオットは雑草をむしり取る手を止めずにいう。
俺はこの女の言葉を信じるべきだろうか。
確かに、こんな険しい山の麓に住む女が唯の女のはずはない。
だが、果たしてあの伝説に語られる化け物たちを倒すほどの力を彼女は持っているのだろうか……。
そもそも勇者ってなんだ。どんな力があれば勇者なんだ?
俺は、剣を振うどころか握ったこともない。
魔法も、初級魔法どころか魔法に使う魔力すら持たない。
そんな俺が、彼女の実力を測れるはずもなく、悩むだけ無駄なのだろう。
とりあえず、俺は彼女が勇者エリオットであると信じることにした。
その上でまずいことがある。
それは、なぜか俺はエリオットから嫌われているということだ。
「こ、これはこれは……勇者様も人が悪い。最初からそういってもらえばいいのに! は、はは、ははは……」
「……」
――ブチっブチっ
ダメだ。全然反応がない。
それどころか気持ち雑草をむしる手が段々雑になっている気がする。
イライラしているのが、それから伝わってくる。
「それにしても、勇者様がまさかこんな美しい方だったとは、これはビッグニュースだ!!」
美しい――その言葉に勇者は僅かに反応した。
俺は見逃しはしない。
人の顔色を窺い、海千山千の老獪な大臣たち相手に渡り歩いてきたこの俺が、見逃すはずもない。
成人した女に成長しようとも、まだ年若い小娘を相手にこの俺が苦戦などするものか。必ずや王国のために働いてもらうぞ、勇者よ!
「世が世なら傾国の美女として世界中の男を狂わせていたに違いない」
勇者は雑草をとる手を止め、聞き耳を立てている。
「こんな山奥でうら若き乙女が男を知らずにいるのは、あまりに罪深い!」
「罪深い……」
ついには俺の方に振り向き、興味津々とばかりに俺の言葉を復唱する。
「そう!勇者よ、そのような美貌を隠すことはまさに罪、罪なのだ!!」
「……でも、どうせ皆私のことを恐れる……」
「何をいっている。強く、美しく、まさに現世に舞い降りた戦乙女とは勇者エリオット、貴女のことだ! 皆、貴女を慕うに決まっている!!」
「いいや、違う! どうせ私の力を利用するだけ利用して、用が済んだら化け物を見るような目で私をみて皆去っていくんだ。誰も私のことなんて見てない。興味も無い……」
チッ、なんか変なトラウマもっているな。
そりゃあそうだろ、伝説の怪物を一人で倒せる力のある子供なんざ誰だって不気味に思うわ。
だがいつまでもこんな所に籠られると俺も王都に帰れないんだ。
なんとしても連れて帰らねば……。
エリオットの琴線に触れる言葉を選んで説得を試みよう。
おそらく重要なのは『勇者の力』と『孤独』だな。
「もし、もし貴女が"勇者の力"を使う事を嫌になったのであればそれでも構わない。だが一度だけ、俺を信じてついてきてはくれないか?」
「……あなたに何が分かる、あなたの何を信じろと?」
「エリオット、俺がもう君を"孤独"にはしない。それだけを信じて欲しい」
臭い台詞だ。王都で観た劇の台詞をそのまま真似てみたが、流石に恥ずかしい。
世間知らずの若い娘たちの間で流行っていたから勇者にも通用するかと思ったが、流石に臭すぎる台詞だったのか彼女は固まっている。
しばらく二人の間に沈黙が続き、俺は何か言い訳をしようかと思ったとき、エリオットが何かブツブツと呟いて手をかざすと石板が現れた。
魔法も何も知らない俺が見ても、ただの石板ではないということが分かるくらい何か力を感じる。
「……これは、真実の石板という。この山の頂上に存在する岩から削り出されたものの一つで、この山が畏れられる限り効力を持つ」
世界の果てからでも見えるといわれる霊峰なのだから、実質無期限で効力が続くということだな。
「そ、それで?」
「ここに刻んだことは、世の理の一つとなる。例えば、『夏には雪が降る』と刻むと本当に夏に雪が降るようになるし、それを疑問に思う者もいなくなる」
うん。それがとんでもなく凄い物だということは分かった。
だけどなんで今出したの?
「ただ、人の心や動きを制約するような事は当人の署名と血判が必要となる。その上、この石板を刻むには世界龍と呼ばれる竜種の鱗から加工した道具が必要になる」
そうか、なら安心だな。勝手に人を操れるようにはなってないんだもんな。
契約書にサインしなきゃ効力はないってことだもんな。
世界龍ってのも御伽噺に出てくる竜のことだ。実在するかも分かっていない。
……おい、また魔法でなんか取り出したな。なんだその細い棒みたいなのは。
「当然この石板を読み、叶えてくれるのは人ではない。だから人語ではなく、神代の古代文字でなければならない」
そうなんだ。契約書なのに中身読めないって不公平じゃん。
すげぇや、あんな細い棒で石板を簡単に削って何か字みたいなのを刻んでる。
あっ、親指切った?血出てるよ?
「これで、私は署名も血判も済ませた。署名は人語でも構わない。重要なのは血のほうだから。ほら、次はユーリーの番だ」
そういって細い棒みたいなのを俺に差し出す勇者エリオット。
その表情は何と純粋な笑顔なのだろう。
俺も鈍感なほうではない。むしろ、人の心を読めなければ生きていけない世界で生きてきたのだ。彼女が何をしようとしているかは、なんとなく想像がつく。
だからといって、悪あがきをしないほど物分かりが良い訳でもない。
「エリオット、俺は思うんだ。人と人の繋がりは、何か目に見えるもので繋がっているわけじゃなくて、もっと曖昧なものなんだと。むしろ、そんな曖昧なのに繋がっていられる奇跡ってやつが、何よりも尊いんじゃないかって思うんだよ」
「ユーリー、あなたには私をエリーと呼んでほしい。ユーリーと私は他人ではない。離れることのできない運命共同体なんだよ」
そういいながら俺の両手を握るようにして細い棒を渡すエリオットもといエリー。
だめだ、何も聞いちゃいない。
ぼっち拗らせすぎて人との距離感とかがぶっ壊れてやがる。
こんなにチョロいとは思ってもいなかった。
今どき恋に恋する乙女ってやつでもこんなにすぐ堕ちる奴はいない。
「……ちなみに、この石板にはどんな事を刻んだんだ?」
「大丈夫、安心して。私たちにとって必要なことだけだ」
何の答えにもなっていない。
今から逃げ出しても間に合うだろうか。いや、無理だ。勇者の目がガチだもん。
俺はまだ一人の女に縛られる気なんてないし、まだまだ遊んで暮らしたいのに。
そのために今まで頑張ってきたのに、あんまりじゃないか……。
「どうしたユーリー、そんなに震えて。もしかして寒いのか? それはいけない。はやく署名と血判を済ませて私の家で温まろう。二人っきりで、ゆっくりとな」
こうして勇者エリオットに操られるように署名と血判をしてしまった俺は、そのまま一晩勇者の小屋で濃密な時間を過ごすことになった。
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