第6話 綾乃姫実篤ねず市・ねず華・ねず坊
猫がいなくなった綾乃姫実篤邸のキッチン。
ピザ専用焼き窯の隣、冷蔵庫との隙間にちいさな穴が空いておりまして。
中にはぼんやりと明かりが灯っております。
ねずみサイズのちゃぶ台の上には、おこぼれのパルメザンチーズの山が出来ていて、それをべもしゃいべもしゃい頬張りながら、ねず華は頬を膨らましておりました。
「ありがたいねえ、お兄ちゃん。たらふくご馳走にありつけるのも、ご先祖様のお陰なんてさ。ねずみに産まれて良かったって、仏様に感謝しているよ」
感受性豊かな妹、ねず華の言葉を受け流しながら兄のねず市は、拾いたてのベーコンの切れ端を、これまたべもしゃいべもしゃいと頬張っておりました。
「おう、華、なんだオメエ。寛一お宮じゃあるめえし。八方塞がりの、恋の底なし沼に落ちた乙女ってか? 仏様なんぞって、ねずみにンなこと言われたら、お釈迦様も腰抜かしちまうわな」
「それもそうだね」
「それによ、ねずみといえどもオイラたちは、立派なキンクマて称号を与えられてんだ。胸張って正々堂々生きていこうじゃねえか」
「そうだね・・・だけどさ」
「だけど・・・なんでい?」
「やっぱり怖いんだよ。下界にゃあ恐ろしい猫だっているし、あたしだってそりゃあ自由にキンクマライフしたいさ。だけどね・・・お兄ちゃん。恐いもんは恐いの」
「そんな怖がらなくたって、大丈夫だ、いざとなったらあんちゃんが、悪い奴らをふん縛ってやっから安心しろい」
「ほんとはね・・・」
「おう」
「こんな穴蔵でさ、あと千年近く暮らさなきゃいけないなんてさ。考えただけで・・・いや、もういいの。ちょっと眠るわ。おやすみお兄ちゃん」
そう言うと、ねず華はチーズの山を頬袋に詰め込んだまま、昔に盗んだ子供用の靴の中へと隠れてしまいました。
さすがのねず市も心配になったのか。
「おう、熱でもあんじゃねえのか? 養生しろよな、肉は取っておくから」
と、気を利かせ、ランプの炎を器用な手つきで弱めるのですが、再びベーコンをべもしゃい。
すると、どんがらガッシャン音がして、行商からねず坊が帰って参りました。
背中に結わえたパウチには。
猫大好き・まぐろ・ささみ・ほたてといった煌びやかな金の横文字。
それをよっこらせっと振り下ろすと、得意げに鼻をすすってどや顔であります。
行商とは、猫の目を盗んで決行される、ねずみ達にとっては命がけの行為でありまして。拝借したものは戦利品と呼ばれ、丸1日は神棚に奉る。それが習わしとなっております。
ねず坊は、きょろきょろ辺りを見回して。
「おや? 華はもうおねむですか?」
と、3足並んだ寝床靴の、桃色スニーカーをのぞき込みながら言いました。
「それがよ、華はちょいと病に侵されちまってよ」
「え? 華が?」
「命短し恋せよ乙女、好いた晴れたの鼠捕り」
「ちょっと兄さん、冗談にもほどがありますよ」
「恋煩いってか、坊主、華はオメエの女房なんだぞ、しっかり者で器量もいい、ちゃんと捕まえとくんだ、鼠捕りみたいにな」
ねず市は豪快に笑って、ハンモックに飛び乗るや否やあっという間に夢の中。
残されたねず坊はたまったもんじゃありません。
気持ち良さそうに眠るねず華に向かって。
「大丈夫か? 今帰ったぞ、愛してるよ華、起きないか? 起きないよな・・・今日は一緒に寝ようか・・・隙間がないか・・・」
と、語りかけたかと思えば。
「ちょっとお兄さん、さっきのはどういうことなんですか? ちょっと、お兄さん!説明してくださいよ」
と、ハンモックのねず市に迫る。
あっちちょろちょろ。
こっちでそわそわ。
もう、どうにもなんなくなったねず坊は、遂には義理の兄のお尻をがぶり。
たまげたねず市はひっくり返って、目を回してしまいました。
窮鼠、猫を噛む。
と。いったところでしょうか。
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