第78話 奇襲
舗装のない路面をざりざりとマントで擦り、転がりながら距離を取る。
その後跳ね起きた俺が見据えた先には、細身の剣を構えた黒ずくめの影があった。
「やっぱり、いたんじゃないですか」
転倒時に無理な呼吸をしたせいで若干喉が掠れていたが、俺は虚勢を張るべく人影へと声をかけた。
全身を黒くゆったりとした服で覆い隠し、細い剣先だけを布から覗かせてこちらへ対峙している。
「こんばんは。どなたですか? 何故いきなりこんな事を?」
息を整えた俺は、会話を試みながら観察を続ける。
背丈はそれほど高くないが、服のせいで体格も性別もわからない。
俺へ向けられた刃の表面には、薄くぬめるものが塗られている。言うまでもなく何かしらの毒だろう。
「返事くらいして下さいよ。意地悪だなぁ」
肩を竦めておどけてみせても、相手は全く応じなかった。
愛想の欠片も無い奴だ。
微動だにせず、完全に無視。
暗視が無ければ見落とすかと思える程に、自然と闇の中へ馴染んでいる。
フードの中もまた闇に覆われ、見通す事ができない。
恐らく暗視を無効化する術式が込められているのだろう。
いくらアドベースの治安が良くないとは言え、追いはぎにしては過ぎた装備だ。
どう見ても
それも仕事中の私語は慎むタイプらしい。返事は期待できそうにない。
「やれやれ。問答無用ですか」
諦めた俺は溜め息混じりに戦闘態勢を取り、相手を見据えた。
顔は拝めないものの、闇の奥から強い視線を感じる。
じっとりと、舐め回すように観察されているのが良く分かった。
動かないのは、不意打ちをかわされて警戒しているのだろう。
子供だと思って甘く見ない用心深さから考えるに……
思考がその先へと至るより早く、俺は短剣に手を伸ばしていた。
ガチィンッ!!
背後で激しい金属音が響く。
もう一人の襲撃を、マント越しに展開した障壁が弾いたのだ。
声こそ出さなかったが、相手の息を呑む気配が伝わる。
俺は素早く転身すると、体勢を崩している相手の足元へ蹴りを放った。
しかしそれは空を切る。
相手は一手早く宙に跳んでいたのだ。やはり同じような黒装束である。
そいつは落下に合わせ、両手で構えた剣を振り下ろす。
障壁が間に合わず、俺は仕方なく鞘で受けて逸らすと、相手の脇を抜けて壁に沿って走り出した。
だがその先には、背後にいたはずの片割れが既に立ち塞がっていた。
速い上に見事な連携だ。
やむを得ず、壁を背負って停止する。
「……やだなぁ。大人二人でこんな子供をいじめるなんて」
道の両側を塞がれた俺は軽口を叩いて見せるも、黒子達はやはり無反応だ。
都市部での拉致や暗殺において、万全を期する仕事人は複数で当たる事が多い。
このように挟み撃ちにして逃げ場を失くし、成功率を上げるのだ。
予想できた事とは言え、流石に二人同時で来られるのはまずい。
先程剣を受けた際の手のしびれもまだ抜けていないのだ。
「何とか言って下さいよ。訳も分からないまま襲われても困るんですけど?」
虚勢を張りつつも、額に浮かぶ汗は止められない。
時間稼ぎの俺の言葉には全く耳を貸さないままに、左右からじりじりと距離を詰めて来る黒子達。
仕事人としては満点をやりたくなるような慎重さである。
一連の攻防で互いの力量の差は読めた。
二人ともが、今の俺よりも強い。恐らくはSランク相当の使い手だ。
フェーレスとの組手で目を慣らしていたお陰でなんとかここまでしのいだが、すでに息が上がりつつある。体力が尽きるのも時間の問題だった。
向こうも優勢である事を把握しただろう。
それでもなお私語を挟まず、慢心の欠片も無く仕事に徹している。
付け入る隙が無いとはこの事だ。
こうなれば、俺が取るべき手はただ一つ。
「……はいはい。降参しまーす。大人しくしますから、痛い事はなしにして下さい。ね?」
これは賭けだ。
拉致が目的ならばよし。しかしそうでなければ……
俺が短剣を鞘ごと放り投げ、両手を頭の上へ上げて見せると、二人組は一瞬視線を合わせたように見えた。
そしてその後。
──二人同時に斬りかかってきた。
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