第52話 突入

「では手筈の確認をしておきます。セレネさんが封印を解いた後、扉を開けば恐らくすぐにも異形が飛び出して来るでしょう。そこをまずはエルニアさんに叩いて貰います。その時点で異形の力量を確認し、スタミナ配分を計算しておいて下さい。ここまでは良いですね?」

「お任せ下さい!」


 俺が顔を向けると、エルニアが力強く頷いて見せた。


「首尾良く第一波を掃討出来たら、一気に突入して入り口付近を制圧し、扉を再封印。そこからはほぼ休みなしだと思って下さい。エルニアさんにはそのまま前衛を担当して貰い、フェーレスさんとセレネさんで左右のサポート。アンバーさんは背後を警戒。僕は中衛で指揮を執ります。その陣形を維持して、真っ直ぐに突破。最奥の部屋に到達し、拠点を構築する事が今回の目的です」


 俺の説明を聞きながら革製のグローブを両手にはめていたフェーレスが、にやにやしつつエルニアの肩に手を置いた。


「だってさ、エルにゃん。一匹でも討ち漏らしたら、ヴァイスきゅんがピーンチ! って訳。責任重大よ~?」

「はい。心得ています。我が剣にて、立ち塞がる者全てを斬滅してご覧に入れましょう」


 エルニアは音もなく抜刀すると、剣を胸の前へ垂直に掲げて見せた。騎士の誓いの構えだ。


「頼もしいですな。主よ、彼の者並びに我等の戦道に、その加護を賜らん事を」

「うふふ、口だけで終わらない事を願いますわ。お手並み拝見と参りましょうか」


 神への祈願を捧げるアンバーと、しゅうとめのような意地の悪い笑みを浮かべたセレネが、扉の両脇へと歩み寄る。


「質問等はありませんね? なら行きましょうか」


 全員の準備が整ったと見て、俺はセレネへと合図を送る。


 セレネは頷き返し、扉へ軽く指を添わせた。

 するとズズズ、と重い音を響かせながら、扉が独りでに左右へとゆっくり開いていく。


 途端にかびと埃に塗れた空気が内より漏れ始める。

 まだ扉が開き切らない内にも、射し込んだ陽射しに集るようにして、扉の隙間から異形の群れが顔を覗かせ、奇声と共に腕を伸ばし来るのが見えた。


「──ふっ!!」


 扉の正面で待ち受けていたエルニアが、一人分の隙間が空いた頃を見計らい、鋭い呼気を吐きつつ地を蹴ってその群体へと突撃していく。


 その後の動きはまさに圧巻だった。


 異形どもが外に飛び出る隙さえ与えずに、前面にいた一体へと雷光の如き渾身の突きを打ち込んだと思った刹那、そのまま後続の群れもまとめて串刺しにして遺跡内へと押し返してしまったのだ。


「はぁぁぁぁ!!」


 勢いをそのままに侵入を果たし、内部で戦闘を開始するエルニアの咆哮が響いてくる。


「エルにゃんってば張り切ってるわね~。これならあたしらは楽できそうかな~?」

「そう願いたいものですわね」

「さ、エルニア殿の奮闘を無駄にせぬ為にも、く合流致しましょうぞ」

「よし、突入です!」


 そう口々に言いながら遺跡内へ入った俺達を出迎えたのは、死屍累々たる大回廊の前方で、異形どもを紙屑のようにばらばらと切り刻んでいくエルニアの姿だった。


「おおう、スプラッタ。試験でのお上品な剣は猫被ってたのかしら?」

「確かに、大刀筋が全く違いますね」


 俺も床に転がる死骸の切断面を見やり、フェーレスの言葉に同意する。


 試験中のエルニアの剣は、まさに騎士らしい洗練されたものだった。


 ところが今はどうだ。まるで力任せに叩き付けたような荒々しい斬り口である。


「実戦の緊張感から力みがあるのでしょうかな?」


 アンバーも不思議そうに零している。それ程の豹変ぶりだ。


「……まあ結果が一緒なら良いでしょう」


 セレネが扉を再び閉じたのを確認し、俺はエルニアが周辺の掃討を終えたところへ近寄って行った。


「まず第一段階は問題なくクリアです。ここからが本番ですので、その調子でお願いしますね──」


 そう話しかける俺の首根っこが後ろから引っ張られ、上半身が反らされた。

 同時に、


 ヒュン──


 風切り音が目前を横切り、カツンと俺の仮面の鼻先を浅く擦って行った。

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