拾った宰相閣下に溺愛されまして。〜残念イケメンの執着が重すぎます!〜

枢 呂紅

プロローグ:行き倒れのイケメンを拾いまして。



 フィアナは困っていた。


 閉店作業を行おうと外に出たら、店の前でイケメンが酔いつぶれていたのだ。


「ちょっと、おにいさーん……?」


 下手に刺激しないように、恐る恐る声を掛ける。仕事柄、酔っ払いの扱いには慣れているが、酩酊した者が時として予想外の行動に出ることは往々にしてあること。見たところ手荒な真似に出るタイプには見えないが、用心に越したことはない。


 それにしても、この辺りでは見ない男だ。緩く結ばれた長髪は白銀に近いほど色素が薄く、気分が悪いのか若干顔をしかめてはいるものの、細い面差しは美しく整っている。そして何といっても身なりがよい。くるまっているローブだって、そんじょそこらの町人には手が出ない品だろう。


(なんでうちの家の前に、こんな身分の高いひとが……)


 本能が告げている。これは関わったら面倒くさいヤツだ。


 扉にかかる札をひっくり返し、「閉店」の面にする。そうしてフィアナは、何事もなかったのように扉を閉めようとしたが――。


「……わたしにだって、限界があるんですよ」


 思わずぴたりと動きを止めて、聞き耳を立てる。そんなフィアナの様子を知ってか知らずか、男はすすり泣きの間に続ける。


「なのに、誰もかれもが、あれはどうした、これはどうした、こっちを助けてくれ、あっちをどうにかしてくれ……。わたしはなんなんですか、あなた方の奴隷なんですか!?」


 はぁぁぁぁ、とフィアナは盛大に溜息をついた。


 いい年した大人が、酔いつぶれて、行き倒れて、何やらすすり泣いている。これを知らんふりをできるほど、鋼の心は持ち合わせていない。


 フィアナは仕方なくくるりと振り返ると、つかつかと男のもとに歩み寄り、男の肩をゆさゆさとゆすぶった。


「はいはーい。つらいのはわかりますけどー。ここ外。こんなところで寝ていたら、寒くて凍えちゃうか、誰かに身ぐるみひっぺがされちゃいますよー?」


「……わたしは、わたしはっ」


「あー、もう、だめだコレ。おにいさーん? ちょっと失礼しますよー。支えますから、立ってくださいね。せーの!」


 店の壁にもたれかかってぐったりしていた背中に手をまわし、ぐいと引っ張る。さすがにフィアナひとりの力では持ち上げられなかったが、男はヨロヨロと立ち上がってくれた。それでも正気に戻るには至らなかったのか、尚もぶつぶつと呟いている。


「氷とか、鋼とか、好き勝手言いますけど……。わたしだって必死なんです……、がんばっているんですよ……」


「はいはい。ゆっくりお話し聞いてあげますから。とにかくお店ん中入りましょうねー」


 宥めすかしつつ、男を支えて店の中へと導く。ふたりが中へと消えたあと、ぱたんと静かに夜の扉が閉じる。


 こんな小さなおせっかいに、これから大きく振り回されることになるなんて、この時のフィアナには知る由もなかった。






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