第69話 燃えよパン
ついに悲願の時が訪れた。
麦が手に入ったのである。
即ち、純然たる炭水化物で構成された主食、パンを生み出す用意が整ったということだ。
ちなみに俺はパンの作り方など知らない。
豪快な料理の名手であるカトリナも、パンという複雑怪奇な食べ物の作り方を知らない。
「あたし知ってるよ? 発酵させないやつだけど」
「あたいのは、一口サイズのおやつのパンだねえ。堅焼きにすると保存食にできるよ」
ミーとパメラが大変心強いことを言った。
持つべきものは村人である!
「教えて!」
「教えて!」
ということで、俺とカトリナが調理の補助に付く。
今回作られるのは、無発酵パンというやつだな。
水で生地を練り、卵を使って風味と色付けをして、つなぎに芋を練り込んで焼く。
牛乳があると、もっと料理の幅が増えないか……?
乳を出す生き物を飼うべきか……、うーむ。
俺が唸っている間に料理が始まった。
麦はあらかじめ、俺が砕いて粉にしている。
魔法で一瞬で粉砕も容易いのだが、ここまで手間をかけて育て上げた麦だ。
丁寧に手作業で、愛情をこめて粉にしたぞ……!
「いい粉だね。粒が揃ってる」
ミーがにっこり笑う。
「これ、本当に手作業で砕いたのかい!? ショートって器用なんだねえ」
「器用ではないが、情熱と執念で作業精度を上げられるのだ」
コツコツ打ち込むのが得意な俺の性分だな。
そうでなきゃ、レベル限界突破した上に、いろいろなケースに合わせた魔法の開発なんてやってないのだ。
まずは粉を水で練っていく作業なのだが、これは誰でもできる。
俺とカトリナが並んで、せっせと粉を練っていくのだ。
これに、塩や、蒸してから潰した芋を加えて丸める。
それを伸ばす。
焼く。
できた!
えっ!?
思った以上に簡単じゃない……?
「できちゃった……!!」
びっくりするほどの簡単さに、カトリナが衝撃を受けている。
「それはそうだよ。だって、お腹がへったときにパッと作って食べるものだもの。難しい料理なんて作れないでしょ。うん、できたて、いい味」
ミーが味見してにっこり笑った。
言われてみればそうである。
ミーの住んでいた田舎では、毎食ごとに必要なぶんのパンを焼いていたそうだ。
俺も一口かじってみた。
素朴な味わいである。
パンというか、ピザのクリスピー生地をもうちょっと柔らかくしたような。
「美味しい! これ、お肉を乗せたり、シチューにつけたりして食べられるねえ」
おっ、カトリナの中では、今後の食事にどう活かすかのイメージが展開しているようだぞ。
食生活が豊かになるなあ。
「ごめんね、ショート。こんなに美味しいパンを作るために頑張ってくれたのに、私ったらその、欲求不満で……」
「よくある……。気にしないでくれ! 俺も大変リフレッシュできたので!」
俺については、割と誇張抜きで無限に近い体力があるので問題ない。
そうじゃなきゃ、この世界と隔絶した結界の中で、魔王マドレノースとひたすら激闘を繰り広げられないからな。
あれは人間のままじゃ無理。魔王に匹敵する存在にランクアップしないと勝負にならない。
その後、パメラが見せてくれた保存食パンだが、つまりはビスケットのようなものだった。
芋を加えず、小麦粉と卵を混ぜて練り、円形で平たく、小さな生地にしてから焼く。
焦げないように注意しながら、水分を徹底的に飛ばすのだ。
すると……カチカチのパンになる。
なるほど、甘みの全く無い堅焼きビスケット。
しかし、噛んでいるとだんだん甘く感じてきた。
これはこれで美味いな。
はちみつを混ぜたりすればお菓子になりそうだ。
「フフフ……勇者村の食生活が一気にランクアップしてしまった。やっぱり主食が安定し始めると強いな……!!」
麦は山ほどある。
調子に乗って作付けしまくったので、収穫時村人総出になったくらいの量はある。
必要なだけ粉にして食っていくとしよう。
麦があるだけで料理の幅も広がるし、夢もどんどん広がっていくな……!
その日の夕食に供されたパンは、大好評だった。
人間、種族を問わず炭水化物が大好きなのである。
テーブルの中心に何箇所か山盛りになったパンは、みるみる消えていく。
カトリナのいつものシチューがさらに美味くなる。
うーむ、炭水化物恐るべし!
どんどん入る!!
蒸かし芋や煮込み芋も、あれはあれで美味い。
だが、パンは別格だ。
この食べやすさ、どんな料理にも合わせられる味。
「ふーん、王都のパンに比べたらまあ素朴だけど、まあまあいけるじゃない」
生意気な事を言いながら、ヒロイナがぱくぱくぱくぱくとパンを食べ続けている。
リタとピアは、パンを千切ってシチューに付けて頬張る。
ブルストは焼き肉をパンに挟んでいるな。
ブレインは肉と芋とハーブをバランス良く。
フックがミーにあーんをしてもらっている。
羨ましい。
「ショートもして欲しいの?」
「して欲しい!」
カトリナが察してくれたお陰で、俺は憧れのあーんを享受できることになった。
大きく口をあけると、カトリナがパンをぎゅっと詰め込んできた。
「もう、大きい赤ちゃんでしゅねー」
「もふぉふぉふぉ」
カトリナさん、一気に詰め込み過ぎでは?
だが、食うけどな。
ちなみにクロロックだが、彼は焼かれたパンよりも生地のままが好みらしく、丸めた生地をペロリと飲み込んでいた。
「ソフトな喉越しです。麦を育てた甲斐がありましたね」
「そうか……クロロックがそれで満足なら、いいんだ……」
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