第36話 昨夜はお楽しみで?

 夜である。

 おやすみのあいさつを少々ぎこちなくやってから、互いの部屋に別れたわけだが!

 むむむっ。


 むうー。

 俺は腕組みをして考える。


 これは、あれだろうか。

 攻めた方がいいのか?

 ブルストがいない、二人きりの夜である。

 好機ではないのか。


 いや、しかしブルストもなんか攻略済みみたいになってるから、いてもいなくても一緒な気がするしなあ。

 どうしようかなあ、うーん。


 などと考えているうちに、俺の足はトコトコとカトリナの部屋の前までやって来たのである。

 な、なんということだ。

 魔王との戦いで鍛え上げた、考えながら自分にとっての最適解と思われる行動をする、肉体のルーチンが発揮されてしまった。


 俺が日本にいた頃に摂取していたエンターテイメント群では、こういう時、据え膳は食わずに先延ばしにするものばかりだった。

 俺の中のDNAにも、そんなデータが刻み込まれているとばかり思っていたのだが、どうやら違ったようだ。


「魔王との激しい戦いで、俺は変わってしまったのだ……」


 天を見上げて拳を握りしめる。

 見えるのはいつもの天井である。


 まあ、魔王軍との戦いは毎回、選択と決断を高速で回す、地獄のサイクルPDCAであった。

 俺がこうしていきなり行動してしまうのは仕方ない。

 戦場帰りの兵士が負う精神的な傷のようなものである。


 ということで、行ってみよう!


「カトリナさん!」


 呼びながらコンコンっとノックした。

 扉の奥で、バタバタバタっと音がする。


 起きていたか……!


「ショ、ショート!? ど、ど、どうしたの!?」


「どうしたと聞かれると大変弱いのだが、カトリナの顔を見に来たんだ」


「わっ、私の顔を!?」


「いかにも……!」


 すると、しばらく向こうが沈黙した。

 そして恐る恐る、という感じで扉が開く。


 カトリナが立っていた。

 むむっ!!

 なんで、こう、ちょっとエッチな寝間着を着てるんですかね……!?


「カトリナさん、そのちょっとエッチな服装は、もしやいつも着ている……?」


「ま、まさかあ! でも、こないだショートが手に入れてくれた布で作ったんだよ? 初めて着たんだけどどうかな」


「エッチ……ではなくとても似合っていて可愛いです」


 いかん!!

 欲望がスッと口から漏れ出すところだった。

 いや、なんかもうエッチな服って言ってしまった気がするが。


「そお?」


 カトリナが微笑んで、くるっと回ってみせた。

 うーん、大変可愛い。


「入っていいよ」


 彼女が招き入れてくれる。


「お邪魔致し申す」


 俺がしずしずと入っていく。

 むむっ、部屋いっぱいにカトリナのにおいがする。


「ショート、あの、そのう……。ここまで来たっていうことは、ええと、そうなんだよね?」


 何か言っているようで何も言っていない!

 非常に曖昧模糊とした物言いであるが、このシチュエーションで何も分からないほど俺も鈍くはないのだ。

 そう、ヒロイナの件以降、脳内で何度もシミュレーションした。


「よろしくお願いします! ブルストは俺の息子になるといいぞって許可はもらっている。攻略済みだ」


「お父さんが? うふふ……気が早いんだよねえ。でも、ショートならお父さんと仲良くやっていけそうだもんね」


「俺はおっさんと仲良くなるのがすごく上手い」


「知ってる」


 ということで、お互いにぎこちない感じながら、ちょっと距離を詰めてだな。

 こう、カトリナを抱き寄せ……うわーっ柔らかいっ!!


 そして俺は知っているぞ。

 こういうシチュエーションは何者かによって邪魔されるものなのだ。

 ならば、魔王マドレノースのクラスでなければ手出しすらできぬようにしてやろう!!


「結界魔法……ベツセカーイ!!」


 俺はこのログハウスをまるごと、専用に作り出した異世界に隔離した。

 真夜中にブルストとクロロックが戻ってきたら大変申し訳無いが、まあ村で一泊してるだろう。

 これで!

 物語のラスボスでも出てこない限りは、誰も邪魔できない!


 そしてラスボスになりそうだったポッと出の魔王はこの間ぶっ倒した。

 完璧である。


 全てのフラグや不安要素は潰したのだ。


「魔法を使ったの? うふふ。じゃあ、あの、優しくしてね、勇者様」


「ハッ!? な、なぜそれを……!?」


「ここでしらふになったらダメ! それは後!」


「具体的には朝とかですかね」


「そうなると思います」


 ということで!

 今夜はお楽しみだったのだ。




 朝。

 日が高くなってやっと目覚めた。

 いや、正確には、鳥舎の鍵を開けて脱出したトリマル軍団が家に侵入し、俺のにおいを嗅ぎ当ててこの部屋まで突入し、ベッドの上に躍り上がって俺の鼻先を嘴でツンツンしたから目覚めたのだ。


「ピョピョー!」


「はっ、お前はトリマル!! しまった、もうご飯の時間か!!」


「ピョ!」


 ピヨピヨと鳴くヒヨコたち。

 俺はベッドから起き上がる。

 フルチンである。


「むうっ!!」


 横を見ると、素っ裸のカトリナがぐうぐう寝ていた。

 昨夜は大変お楽しみでお疲れだったので、このまま寝かせておこう。


 いつ勇者に気付いたの!?

 とか聞きたいが、しばらくその暇は無さそうだ。


「よーしお前たち、今日のご飯は特別だぞ。豪勢なのを作ってやる!」


「ピヨー!」


 歓声をあげるヒヨコ軍団。

 結界魔法を解いてから彼らを引き連れ、俺は素っ裸のまま外に出た。


 すると。


「おーい、今帰ったぞー。早朝にあっちを出てな、おかげでこの時間に帰ってこれた……ハッ」


 ブルストとクロロックが帰ってきたところであった。

 ぬう、俺がカトリナの部屋から素っ裸で出てきたところを見られてしまった。


 場が静かになる。

 クロロックの頬が膨らみ、クロクローと鳴った。


「ショート、お前ついに……」


「これからよろしく頼むぞ、お義父さん……!!」


 ブルストが無言で、グッと親指を立ててきた。

 俺も親指を立てて返す。


「ショートさん、何か履きましょう」


 クロロックは大変冷静なのであった。


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