第30話 王女、襲来

 切り株を何本か引っこ抜いた後、後ろでトリマルが地面をつついていたのでじっと見ていた。

 すると、彼がニョロリとした虫を土中から引き出すではないか。


 暴れる虫。

 トリマルはそれを離すと、ちょっと距離をとった。

 諦めるのかな? 優しい子だ。

 などと俺が親バカなことを考えていたら、トリマルがパカッと嘴を開いた。


「ピヨー!」


「あっ! トリマルが口から魔力光線を吐いた!!」


 驚愕する俺。

 青白い魔力光線はニョロリ虫を直撃。

 一瞬でこんがり焼いてしまった。


 これを咥えて、もりもり食べるトリマル。

 近くに、トリヨ、トリナ、トリミの三羽が集まってきた。


 スッと虫を差し出すトリマル。

 女子たちはこれを、奪い合うように食べ始めた。

 そして、リスペクトに満ちた視線をトリマルに向ける。


 モテモテである。


「そうか。ホロロッホー鳥の世界も甲斐性が大事なんだな……」


「というかショートさん。鳥は口から魔力の光線を吐き出しません。明らかにおかしい」


「あ、やっぱり?」


 クロロックのツッコミで、現実に戻ってきたぞ。


「何か卵の段階で、特殊な処置が加えられた可能性がありますね。例えば強力な魔力の流れに浸りながら孵ったとか」


「うむ。心当たりがあり過ぎる」


 あの卵を孵す魔法、孵した生き物を超生命体に変える副次的効果があったっぽいな。

 封印しておこう……。


 だが、結果としてトリマルがモテモテなのでいいだろう。


「ピョピョー!」


 モテモテとは言っても、トリマルもまだまだヒヨコだ。

 トテトテトテっと走り寄ってきたので、掬い上げてやった。

 俺の手のひらの上で、ごろんと寝転がるトリマル。


 ははは、可愛いやつめ。


「彼は新種のホロロッホー鳥となるでしょうね。彼が産ませる卵は、一体どんなのどごしになるのか今から楽しみです」


「そう言えばクロロックはカエルだから丸呑みなんだったな」


「はい。ヘビ族の爬虫人に倣って、ワタクシも卵を丸呑みします。ただ、我々カエル族は胃液の力が彼らよりも弱いので、小石を飲んで腹の中で卵を割るのですけどね。そして殻を吐き出します」


「割ってから中身を飲めばいいのに」


「それではのどごしが」


 のどごしにこだわる男だ。

 食道に味を感じる器官があるやつだからなあ。


 休憩中の卵談義をしていると、俺の脳内に警報魔法ゾクダーが鳴り響いた。

 今回はそこまで強くないな。

 来訪者がいるようだが、敵意がほぼ無いらしい。


「家の方に客が来てるようだ」


「以前聞いた警報魔法ですか。便利ですねえ。今度ワタクシにも教えて下さい」


「いいぞいいぞ。ごく簡単な魔法だからな」


「そういう言い方をする方、大抵感覚で超高難易度魔法を身に着けたりしてるのでアテにならないんですよね」


「クロロックは疑り深いな」


 会話をしながらやってくる。

 すると、そこにはトラッピア特戦隊の面々がいた。


 困惑している様子のカトリナとブルスト。

 彼らは俺を見つけると、呼んできた。


「ショート! よかったー!」


「おーいショート! 困ってたところなんだ。どうにかしてくれ」


「スローライフ人ショート殿!!」


 特戦隊隊長ギロスが表情を明るくした。


「おいで下さって助かりました。ショート殿に会っていただきたい方が」


「会わないぞ」


 俺は何かを察して会いたくなくなった。


「そう言わずに。会わないと言っても殿下は押しかけますから」


「殿下って言った!! この国で殿下って言ったらもうひとりしかいねえじゃねえかよー!」


 俺は逃げ腰になる。


「逃さないわ!! 特戦隊、ショート様を囲むのよ!!」


「はっ!」


「我ら一瞬でも足止めできれば!」


「その間に殿下がショート殿を!」


「ショート殿、お覚悟!」


 うおーっ!

 決死の覚悟で特戦隊が突っ込んでくる!

 こいつらを仮に弾き飛ばしたとしても、後詰めでやって来るあいつを避けられない!


「おほほほほほほほほ!」


 高笑いをしながら、やつは特戦隊を盾にしながら急速に接近してきた。

 速い!

 魔王軍最速の魔将、ジークフラッシュに匹敵する。

 俺はこいつを倒すために、最速の抜刀術であるエクスラグナロクカリバー・スカイダッシュドラゴンフラッシュを生み出したのである。


 それに今回の相手は剣を抜くような対象じゃないしな……!

 そんな余計なことを考えていたら、あっという間に包囲されてしまった。


「捕まえたわ、ショート!!」


 俺の手ががっしりと掴まれる。


「つ、捕まえられた!」


「ふふふ、もう逃さないわよ……!!」


 俺の目の前にいるのは、輝くような金髪に、透き通るような青い瞳をした美少女である。

 だが、その目は叡智と謀略の色にギラギラ輝き、口元には策略で相手を陥れるときのような愉悦の笑みが浮かんでいる。


「ト、トラッピア王女! まさか自ら辺境までやってくるとは、なんて行動力だ……! っていうか国が危ないんだろ」


「ええ、崩壊寸前だわ! だからこそ、あなたの力と名声が必要なのよショート! わたしのものになりなさい!!」


「ひ、ひぃー」


 俺が甲高い悲鳴を上げた。

 俺がこの世界で一番苦手な人物の一人なのだ!


「玉の輿ですな」


 クロロック、うんうん頷いてないで助けてくれえ!

 ブルストも目をパチパチさせて、状況についていけてない。

 あわれ、俺のスローライフもここで一巻の終わり……。


 とはならなかった。


「だめよ!!」


 この状況に、豪快に割り込んでくる人物がいたからである。

 彼女の進行先にいた特選隊員が跳ね飛ばされた。


「ウグワーッ!」


 さすが、一般人とは言ってもオーガのパワーだな!

 そう、現れたのはカトリナだ。


 彼女は興奮とかムカムカする気持ちとかで、角と頬を赤くしながら、俺とトラッピアの間にぎゅうぎゅうと入り込んできた。


「ウワーッ! す、すごいパワーだわ! 無礼な! お前は何者!」


「何者も無礼もないよ! 私はカトリナ!! ショートは! うちの子なの!!」


「なんですって! ショートはわたし、トラッピアのものになると決まっているのよ!」


「決まってないよ!」


「決まってるのよ!」


「決まってないよ!」


「なんですってえ!!」


「なによーっ!!」


「「むきーっ!!」」


 うわーっ!!

 大変なことになってしまったぞ!!



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