第17話 初心者が大物を釣り上げるなんてそうない

 釣りにやって来た。

 なんと、釣り竿はカトリナが作ったそうだ。


「服を作る時に糸が余るから、より合わせて枝に付けるんだよ。釣り、久しぶりだなあ」


 大変嬉しそうな彼女の顔を見ると、俺もにっこりしてしまう。

 こういう辺境は娯楽が少ないからな。

 釣りなんて実利を兼ねた最高の遊びだろう。


「ショート、しっかり教えてあげるからね」


「うむ、手取り足取り頼む……!」


 俺はよこしまな思いを胸に秘めながら、カトリナに笑いかけるのであった。


「ショートが、ニチャアって音がしそうな笑みを浮かべてるな」


「あいつ、うちの娘が気になってるんだ。ほんと、二人とも奥手でなあ」


 うるさいぞ外野。

 木々の合間をしばらく歩く。

 おや、このルートは知っているぞ。


 いつも水を汲みに行くところじゃないか。

 ……というか、釣りって言ったら水があるところだもんな。


 到着したのは、おなじみの小川だった。

 今回はちょっと上流まで歩くらしい。

 流れを遡っていくと、辺りが岩場になってきた。


「ここだ、ここ。獣が出ても分かりやすいからな」


 ブルストが、大きな岩に腰を下ろした。

 なるほど、周囲を警戒しやすいところで釣りをするというわけか。


「いいな、雰囲気がある」


 エンサーツが嬉しそうだ。

 あいつにとってもたまの休みだしな。


「よーし、始めるとするか! ……カトリナ、まず釣りってどうやるの」


「ショート、基礎とかも全然わかんない? いいでしょう。お姉さんが教えてあげます」


 カトリナさん俺よりも明らかに年下では……?

 就職活動をして失敗する程度の年齢だが、黄色人種は若く見えるというし、そこのところはこの世界でも変わっていないのだ。


「そいつお姉さんぶりたいだけだからな」


「んもー! お父さんはだまってて!」


「あ、そういうことか。ハハハ、かわいいかわいい」


「ショートもー! 教えてあげないよ?」


「教えて下さいお願いします」


 俺は深々と頭を下げた。


「よろしい」


 機嫌が直って、とても得意げなカトリナ。

 ちょろい。チョロインだ。


「じゃあまずね、竿をこう握って、ぶんっと振って釣り針水の中にね」


 実践して見せてくれるカトリナ。


「反復魔法マネスール(俺命名)! ツアーッ! こうかーっ!」


 俺はカトリナの動きをコピーして、針を川に投げ込んだ。


「うまいうまい! 私のマネしたの? 変な掛け声上げてたけど」


「変でしたか」


 ツアーッはしばらく封印しよう。

 おっさんたちも、めいめい気に入った場所で釣り糸を垂らし始めたようだ。


 川の水はたいそう澄んでおり、ちょろちょろと魚が泳いでいる。


 俺はぼーっと水面を見つめている。

 カトリナと隣り合って、平たい石に腰掛けているのだが……。

 本日はうららかな日差しが差し込んできており、大変気分が良い。


 ぽかぽかしてきて、ついついウトウトしてしまう……。


 ……と思った瞬間、俺の脳内に鳴り響くアラーム!!


「ウグワーッ!?」


 俺はびっくりしてぶっ倒れた。


「ショート!?」


「あ、いや、自分に魚が掛かったら分かるように、警戒魔法ゾクダーを掛けておいたんだ! つまり竿に魚が……ツアーッ!!」


 びくんびくん振るえる釣り竿を握りしめ、気合一閃で引き上げる。

 どれほどの大物であろうとも、俺の前では無力なのだ!

 魔王を打ち倒した勇者のパワーで、貴様を釣り上げてやろうお魚ーッ!!


 ぶつんっと糸が切れた。

 俺は自分のパワーの反動でぶっ倒れ、ゴロゴロ転がりながら傍らの巨岩に突っ込んだ。


「ウグワーッ!!」


「ショート!?」


「すげえ、魚に逃げられたリアクションであんな派手なの見たことねえ」


「ショートは何をするにも大げさだからな」


 くそう、魚め……!

 勇者ショートをコケにしやがって……!

 こんなに舐められたのは日本にいた時以来だぜ……!!


 俺は燃えてきた。


「大丈夫、ショート?」


「大丈夫、俺は冷静だ、クールだ。全ての魚を根絶やしにしてやる。極低温魔法ワールドエンドコキュートス(俺命名)……!」


「ショート全然冷静じゃないよー! ストップストップ! 魔法だめえー!」


 カトリナに凄いパワーで揺さぶられたので、俺は魔法の途中で舌を噛んだ。


「ウグワーッ!」


 なんという強引な魔法の止め方!

 こんなの初めて……!

 というか、こんなやり方で俺の魔法を止められるんだなあ。


 そう思ったら冷静になったぞ。


「ごめん、カトリナ。どうやら俺は冷静さを欠いていたらしい」


「ううん、いいんだよ。初心者はなかなか釣れなかったりするしね……あ」


 カトリナの釣り竿に反応あり。

 彼女の目が真剣そのものになる。


「ふーっ……これは大きいね」


「大きいですか」


「見てて」


 釣り糸の先では、何者かが針を飲み込んでバタバタ泳ぎ回っている。

 俺達は釣り餌に、岩の下から見つけたニョロっとしたやつをくっつけており、このニョロリがお魚を魅惑したということであろう。


 釣り竿がしなり、糸が張り詰める。

 だが、カトリナは動かない。

 魚の動きを制御しつつ、釣り竿を維持し、相手が疲れるのを待つ作戦なのだ。


 やがて、魚の動きが緩慢になってきた。


「今だよ! つあー!!」


 カトリナが俺と同じ掛け声を上げた。

 釣り竿のしなりが限界に達し……と思ったら、水面から大きな影が飛び跳ねた。


 おお、でかい魚だ!

 そいつは川べりに落ちると、ピチピチ飛び跳ねた。


「おお、やったなカトリナ!」


「大したもんだなあ」


 だべっているばかりで、一匹も釣ってないおっさんたちが褒めてくる。


「やったー!!」


 カトリナ、空に向かって拳を突き上げる。

 そうしながらトトトっと魚に寄っていって、がっしり掴んでカゴの中に放り込んだ。


 豪快だなあ。


「おめでとうカトリナ。すげえなあ」


「えへへ、ありがとう」


 カトリナが照れて、魚を掴んだ手で頭を掻いた。

 そしてハッとした顔をして、悲しそうに魚臭い手を見る。

 かわいい。


 俺も負けてはいられん。


「次は俺が釣る番だぞ……!! 来い、来い来いっ!」


「がんばれ、ショート!」



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