第3話 大地を割るな、薪を割れ

「薪割りやったことあるか?」


「アニメで見たことはあるな」


「あにめえ? なんだそりゃ?」


 ブルストが不思議そうな顔をした。

 現代っ子の俺にとって、薪割りなんてのはファンタジーだったのだ。

 今どき、地方都市に行っても薪割りなんかしてないだろうしな。


「見てろよ。これを、こうして……」


 ブルストが、ひとつかみほどの太さになった薪を、台座代わりなのであろう切り株の上に乗せる。


「こうだ! ふんっ!」


 薪に斧を食い込ませてから、振り上げて降ろす!

 すると、カコォーンッ! という小気味良い音とともに薪が割れた。


「おおっ、お見事!」


 俺はパチパチと拍手をした。


「いや、大したことねえよ」


 照れるブルスト。


「よし、俺もやってみるか。刃物はちょうど持っててな」


 抜き放つは聖剣、エクスラグナロクカリバー。

 魔王を殺すために神々が鍛えた業物だ。

 魔王によって殺された鍛冶神にして戦神の魂が触媒に使われており、俺の意思に反応して聖なる光を帯びてビームを放つ。


「おいおいショート。そんな剣なんかで薪は割れねえぞ」


「こいつが、俺の使い慣れた刃物なんだ。やってみるさ!」


 これを、薪にぐっと食い込ませ……。

 おっ、なんか豆腐を切るような感触でするっと食い込んだな。


 んで、これを持ち上げて、力いっぱい叩きつける!!


 ズバァァァァァァーッ!!


 果たして、薪は割れた!

 そして台座の切り株も割れた!

 さらにその下に広がっていた大地も割れた!

 大地が続く先にあった森と山も割れた!


「ウグワーッ!」


 衝撃のあまり、ブルストが尻餅をついた。


「キャー!」


 カタリナがよろける。

 俺がスススっと動いて受け止めた。

 あっ、柔らかくていい匂い!


「な、何が起こったの……!?」


「何も起こってないぞ。時空魔法、トキモドール(俺命名)!!」


 俺はちょっとだけ時間を巻き戻せるので、時空魔法でさっきのを無かったことにした。


 つまり、状況が巻き戻って俺がエクスラグナロクカリバーを抜いたところである。

 俺はそのまま、聖剣を鞘に戻した。


「うん、剣で薪を割るのはダメだよな! いけない! 大地を割るんじゃなくて薪を割るんだもんな!」


 爽やかに告げた。


「お、おう。俺、さっきなにか信じられないものを見た気がしたんだが……」


「気のせいだよブルスト。いやあ、ほんとにレベル上限突破とか聖剣装備できるスキルとか、日常生活の役には立たんな……!!」


 俺は斧に薪を食い込ませると、ブルストがやったのを見様見真似で再現してみた。


「オリャアーッ」


 カッコオオオオオオオンッ!


 薪が割れる!

 割れた薪が跳ね返る!

 俺の顔面に当たる!


「ウグワーッ!!」


 俺はのたうち回った。


「ショート!?」


「だ、大丈夫だ! 素の防御力が高いから、痛いけどダメージはない」


 俺は額に薪の跡を付けながら立ち上がった。


「いや、だが大したもんだ。お前さん、おれよりパワーがあるな? だが、力を入れ過ぎだな。薪割りは、カトリナくらいの力でもできるんだよ」


「うん、見てて、ショート、これをこうしてね。こうして、こう! えいっ」


 カトリナが斧を振ると、くっついた薪が切り株にぶつかって、カッコオーンと二つに割れた。


「大したもんだ……!」


 俺が拍手すると、カトリナが照れた。


「そ、そんなことないよう」


 もじもじする彼女を、俺は執拗に拍手してリスペクトする。


「まあまあそこまでにしてやってくれ。娘は恥ずかしがり屋でな。だが、初対面の相手にここまで喋るのは初めてだぞ? お前みたいなのがタイプなのかもな」


「もう! お父さん!」


 カトリナが赤くなって、ブルストをポコポコ叩いた。

 なんとも微笑ましい。

 そして俺みたいなのがタイプだって?

 ハハハ、またまた。


「知らない! 私、御飯作るからね! 薪は後で持ってきてね!」


 真っ赤なカトリナは、鼻息も荒く家の中に入ってしまった。


「……まあ、あれだ。娘も、年頃の近い奴がいて嬉しいんだよ。お前さん、ここにいる間だけでも相手をしてやってくれないか」


「ああ、構わないぞ。彼女からも学ぶスキルは多そうだ……!」


 その後、俺は薪割りを繰り返し、完全にこの技をマスターしたのだった。

 難易度的には、大型モンスターの討伐くらいだな、これ。


 こうやって火種となる薪が作られ、料理や暖房や風呂になるのだなあ。

 もしや、これがスローライフというものだろうか。


 なるほど、スローライフとはどうやら、勇者の冒険に負けぬほどのスリリングなものらしい。


「面白い。勇者の看板を下ろしたとは言え、この薪割り入門者ショート、新たな試練に挑んでやろうじゃないか」


「勇者?」


「なんでもないぞ」


 俺はごまかした。

 そう、今の俺は勇者ではない。

 ただの薪割り入門者だ。


「ブルスト、これからの薪割りは俺に任せてくれ。どんどん持ってきてくれ! 一年分の薪を割ってやるぞ!」


「いや待て待て。張り切るのいいんだけどよ。あんまり割りすぎても、放っといたら湿気っちまうだろ。そこそこの量でいいんだよ。それにこの板だって、薪にする以外に使い道があったりするからな」


「薪にする以外にも!? 奥深いな、スローライフ……!!」


 俺は武者震いする。

 こいつは、挑みがいがありそうだぜ……!


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