世界が邪魔する恋心

春海水亭

せっかく、行くって決めたのに

いつだってそうだ。いつだって私――手児奈てこなひかるは諦めてばっかりだ。

私が何かをしようとすると、いつだって邪魔が入ってくる。

帰ってすぐに宿題を始めようとすれば、お母さんが入ってきて私の集中力を乱すし、

ダイエットを始めようとすれば、コンビニスイーツの新商品が私を誘惑する。

アイドルのオーディションは困っている人を結果的に数十人助けて行けなかったし、

パティシエールの修行は、

卵を電子レンジに入れたせいで、

私の台所の使用に大幅な制限がかかることとなった。

(卵をそのまんま電子レンジで加熱すると爆発する、

 っていうのを知らなかったのは私が悪いけど、

 そういう世界の法則っていうのに拒まれているのが辛いわね)


諦めた物事を数えようとすれば、手と足の指の数じゃ足りないし、

私は髪の毛を立たせてカウントしてやろうかな、と思っている。

(おそらくこれも近い内に私が諦めた物事の一つに入るだろう)


14年も生きるといい加減にわかってくる。

完璧な合いの手みたいに邪魔を入れられてしまっては、

おそらく私は何かを成し遂げることが出来ないだろうということだ。


えいっ!と勢いをつけて、私はベッドに飛び込む。

将来のことを考えると、今から頭が痛くなる。

今までだってろくに何か出来た試しがないのに、

高校受験、大学受験、就職活動――どうせ、私が上手くいくはずがないのだ。

(薄幸の美少女ランキングがなんてものがあったら私が一位で間違いないわ。

 特に美少女の面でね!

 もっとも、授賞式があるとして辿り着けるかは怪しいけれど)

 

ベッドに飛び込んだ勢いでくるくると毛布に丸まった私は、そのまま目を閉じる。

可哀想な私、せめてぐっすりと眠るぐらいの幸福が与えられてもいいだろう。

現実に幸福はない、ならば幸せな夢ぐらいは見たいじゃないか。

時間は現在17時、スマホのアラームは19時にセット。

(でも起きれるかどうかはわからない、夕ご飯には起きたいけどね)


成績優秀、スポーツ万能、晩ごはんは毎日エビフライ、お小遣いは月に8億円。

見た目は……まぁ、そのままでいいわね。美少女だし。

そして……私の隣には大好きな恋人がいる。

そんな幸せな夢を目指して、いざ……と、

私が目を閉じて、4秒かけてうとうととまどろんだその時である。


じゃん、じゃか、じゃか、じゃか、じゃん、じゃん。


スマホのアラーム……じゃない。

tea talk(私達が使ってる通話も出来るチャットアプリ)からの着信だ。

とっさに、通話ボタンを押す。

相手を確認するよりも先に、耳元にスマホを当てる。

(知らない相手からかかってくることはありえないからね)


「もしもし」

私は、まるでお城のてっぺんに住んでいるお姫様のように気品のある声を心がける。

この透明感のある美しく清らか、その上小さく咲く花のように可憐な声を聞いて、

私がヤなタイミングで起こされて不機嫌だとわかる人間がいたならば、

通話相手はきっとエスパーに違いない。


「わっ!?ごめんひかりん!寝てるとこ起こしちゃった!?」

「い、いや?そんなこと……無いけどぉ?」

私の親友、倉橋くらはしくららはエスパーであったらしい。知らなかった。


「夜に吠える野犬みたいな声したから、てっきり……いや、ごめんね!」

「うふふ……そんなわけないじゃない」

訂正。私の親友はエスパーではなかった。ちょっと耳が悪いみたいね。

(私の心のチワワがぐるるる……と唸って、可愛く2、3回吠えたわ)


「それで何の用?くらら?」

私はひかりんと呼ばれるけど、私はくららをくららと呼ぶ。


小学一年生の時に初めて会ってこう言われたの。

「くららってよんでね、くらくらってあだなだけはぜったいにいやだから!」

だから、それからずっと私はくららをくららと呼んでいる。


「うん、その……告白しようと思って」

「告白?それって……」

「私、連理くんに告白する」

「…………」

『頑張って!応援してる!』とか、『くららなら大丈夫だよ!』とか、

彼女の背を押すいろんな言葉が浮かんでは消えて、私の口から出ることはなかった。

生まれることのなかった言葉の死骸だらけで、

私の部屋は一滴の血も流れない戦場みたいだ。


いつだってそうだ。いつだって私は諦めてばっかりだ。

私が何かをしようとすると、いつだって邪魔が入ってくる。

けど、いくらなんでもこれはあんまりだ。


連理くん――刹那せつな連理れんりのことを、

きっと、くららが好きなのと同じぐらいに、

いや、もしかしたらそれ以上に私は好きだ。


「ひかりん?」

くららの心配する声。私は何も言葉を返せない。

何かを言わなければならない、なんと言えばいいんだろう。

私の中の、IQが3万ぐらいある超絶賢い私はこう言っている。


連理――私の幼馴染。

将棋部で、クラスの中では地味で、けど実は結構優しくて、頭も良くて、

眼鏡と髪型で損してるけど本当は顔も中々にかっこよくて、

知ってる人は少ないけどギターも弾ける。

クラスの奥深くに埋まった宝石の詰まった宝箱、それが連理という少年だ。

いつか誰かが発見する。そして、その幸運な少女はくららだ。


くららは、可愛くて、優しくて、料理も上手で、

女子バスケで相手チームに一人で120点差をつけるほど運動神経も凄い。


隠された宝石を身につけるにはお似合いのお姫様だ。

自分の恋心に気づかなかったふりをしろ、くららと連理を祝福しろ。

自分の人生、どうやったって上手くいくもんじゃないんだ。

だったら、諦め方ぐらいは上手になろう。

傷つかないように生きていこう。


IQが3万ぐらいある超絶賢い私は悪魔の羽と赤い角をつけて、

私の耳元でそう囁いている。


さすが私だ、超絶賢いと思う。

私は自分の内なる心に従いたくなってしまう。

スマホを握る手に力が籠もる。腕が震える。

鏡を見てないからわからないけれど、きっと自分は無理やり笑っているんだろう。


いつも失敗してきた。

どうせ自分は何事も成し遂げることが出来ない。

だったら、最初から何もしないほうが良い。


「……それでも」

「えっ?」

私が言うべきくららを応援する言葉は、諦めの言葉は、

実際に口に出すと、全く違う言葉に変わっていた。


「くららが……連理のことを好きでも……私だって!連理が好き!負けない!」

気づくと感情のままに叫んでいた。

親友だけど、これだけは譲れない。

いや、この恋心はいざ本人にぶつけてみたら粉々に砕けてしまうのかもしれない。


それでも、駄目だ。

もう、止まれない。止まらないと決めてしまった。


宿題を結局ぎりぎりになるまで残してしまったのも、

ダイエットを放り投げて、コンビニに走ったのも、

アイドルのオーディションの第二回に応募しなかったのも、

親のいない隙にパティシエールの修行をしなかったのも、

全部、私だ。私の選択だ。


それでも私はやると決めた。

何が邪魔だ、そんなもの関係ない。

そんなもの、私のただの気の持ちようだ。


「……ひかりんも、連理くんが好きなんだ」

「うん」

「……私だって、負けないよ」

「友だちだって、譲れないよ」


可愛くて、頭も良くて、運動神経抜群の親友に私は宣戦布告する。

それから二人で話して、

明日、二人同時に同じタイミングで告白する。ということに決まった。


「じゃあ、また明日」


通話を切り、私は両手でぺちんと頬を叩いて気合を入れる。

今から何かが出来るというわけではない。

明日までに十倍可愛くなることも、

誰をも唸らせる愛の言葉を考えることも出来ない。


ただ、気合を入れる。

振られるかもしれない、それでも……自分で諦めることだけはしない。

最大の邪魔者――私の弱い心は退治した。

それでも、邪魔できるっていうなら……


「矢でも鉄砲でもかかってきなさい!!」

私は大きな声で叫ぶ。

と、ここで、ちょっとしたことを説明しなければならない。

私の部屋は一階で、玄関から入ってすぐ左の部屋である。

道路側に面している私の部屋には、

カーテンで隠しているけれどガラス製のスライド式のドアがあって、

やろうと思えば、玄関を経由せずに、私の部屋からすぐに外に出ることが出来る。

(玄関があるんだから、そんな必要はないけどね)


そのドアにとんでもないスピードでなにかが突っ込んできて、

ちょっとは厚いガラスも、薄いせんべいみたいにパリンと割れた。

そして、私の部屋に侵入したなにかは、思いっきり吠えたのである。


「ギャオオオーッ!!!!!」

「うわーーーーーーっ!!!ライオンーーーーーっ!!!」


それと同時にスマホが狂ったように警告音を鳴らした。

私の家から学校に続く道だけ、急に大雨洪水警報が発令されたのである。


何が邪魔だ、そんなもの関係ない。

そんなもの、私のただの気の持ちようだ。とさっきまでの私は思っていた。

そして、今の私はこう思っている。


(マジだった)

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