ガブリエルの婚約破棄

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第1話 殿下、それ恋人やない、ただのクラスメイトや

「シャルロット・ルイーズ公爵令嬢、私ガブリエル・ルグランは、貴殿との婚約を破棄させて貰う。」

学園卒業を祝う席で、高らかに宣言するのは、この国の第二王子、ガブリエルだ。


 たまたま居合わせたに過ぎないアルマは、流行と言えど無粋な真似をすると王子の行いに対して苦々しく思っていた。そもそも今日は卒業おめでとうの日であって、いくら王子でもその祝いの席を台無しにするのはいかがなものか。


 野次馬が随分集まってきている。婚約破棄を言い渡された公爵令嬢のシャルロット様は、公明正大な素晴らしい御令嬢で、私達下位貴族にもお優しいのに、何の不満があると言うのだ。


 腹が立つが、王子が次に何を言うのか聞かなくては、怒るに怒れない。耳をすます中、驚くべき言葉によって思わぬ状況に追い込まれた。


「私は、アルマ・ルロワ子爵令嬢と新たに婚約をする。」


 周りの人達の目が一斉にこちらを向く。

「はあ?」

不敬だろうが、つい口から出てしまった。え?何で?初対面ですよね?


「あの、殿下?」恐る恐る問いかけます。

「何だ?アルマ?」いや、勝手に名前で呼ばないでよ。

「あの、ご冗談ですよね?」


「いや、私は本気だ。」「はあ?」

だれか、通訳プリーズ。何を言ってるの、このアホ王子は。




「あの、申し訳有りませんが、私は卒業を待って、モロー侯爵様に嫁ぐことになっておりまして、殿下のご期待には添えません。」

「ああ、知っている。モロー侯爵の後妻など、私の力でなかったことにしてやる。」

「はあ?」すみません。三回目です。


「勝手なことしないでください!」

 王子がぽかんとしているわ。何故かしら。感謝でもすると思っていたのかしら。ご冗談ですよね。


 私、ずっと好きでしたのよ。侯爵様のことを、幼少期からお慕いしておりました。10年前にご夫人を亡くしてから再婚されていなかった侯爵様を口説き落として、ようやく手に入れた妻の座なのに、どうして好きでもない王子に邪魔されないといけないの。ふざけないで。


「私は侯爵様を愛しております。不敬といわれようと、この気持ちは変わりません。」言い切ったわ。もう不敬だろうが何でも良いわ。

「馬鹿な。私の前で無理しなくとも良いのだぞ。」

「無理ではございません。だいたい先程から何なのですか。私殿下とは初対面です。誤解されるような関係ではございません。」

私の言葉に先程から見守っていた何人かが怪訝な顔になる。まさか初対面とは思わなかったのだろう。


 しかし、何故この王子はこんなことを言い出したのか。そして何故それが私だったのか。納得のいく答えなどあるわけないが、聞いてあげるわ。


 私は王子の次の言葉を待った。


「初対面ではない!いつも私に笑顔で挨拶してくれるではないか。教科書を見せてくれるし、落とし物を拾って届けてくれるし、順番を譲ってくれたし。」


……?いや、それ、だから、初対面じゃない?


ただの親切だよ、それ。特別な意味なんてないですからね。



「殿下、そのあたりで妻を解放していただいてよろしいですかな。」

 私の愛しの侯爵様が現れた。やっぱり素敵。しかも、今妻って言った。妻って。私の体を後ろから支えるように立った旦那様は、素敵で…いや、もう比べるのも嫌だけど、さっきから訳の分からないことを喋りくさっているちんちくりんより旦那様の方が素敵に決まってる。


 この筋骨隆々な肉体を見よ!ヒョロヒョロのもやしが、たてつくんじゃないわよ。あと、ふさふさなお髭も、触るの気持ちいいし、余裕のある男の笑みって言うの、素敵よね。


 私を見る瞳の優しいこと。一見厳つい顔に見えるのに、笑うと可愛くなるなんて、旦那様の魅力がわからないお子様は、お呼びじゃないわ。


 正直、旦那様がいらしてから、王子なんて目に入らなくなってしまったのよね。何か話しかけていたみたいだけど、二人でイチャイチャ していたら、婚約破棄騒動が終わっていた。


 何だったのかしら。


 旦那様は、王子には困ったものだ、と言いながら、私を離そうとしないし、私だって、あの時の恐怖を考えたら、旦那様と離れたくないって思ったわ。


 今はまだ夜ではないから、初夜というのもおかしいけれど、いまから始めるのも良いわね。旦那様の逞しい胸に包まれると、私は身体から力を抜いて、委ねるの。あとは旦那様が美味しくいただいてくださるわ。


 殿下にとっては、黒歴史でも、私達にはスパイスにはなるわ。そう思えばギリ許せる…ないな。許せはしないわ。


「何を考えている?」

旦那様の美しいお顔が近づいてくるわ。「私以外の事を考えられないようにしてあげるね。」

旦那様の本気のくちづけは、気持ち良過ぎて何も考えられなくなるわ。


 ああ、今日からずっと一緒なのね。私の人生はようやく始まるの。私、旦那様より早く死なないわ、約束する。


 前の奥様、旦那様はきちんと幸せにします。見守っていて下さいませ。


*シャルロット側


 突然の婚約破棄騒動に、全く知らない女生徒をさしての新たな婚約に、驚いてばかりいる。驚くことに、その相手の女性とは、クラスメイトなだけで、恋人でもないし、なんなら彼女は初恋の相手と結婚したばかりらしい。


 あれ。王子ってこんなんだったっけ。


 自分は王太子じゃないからって甘やかしすぎたかしら。


 思考が停止しそう。


 騒動の中、優雅に登場したのが、相手の女性の旦那様。モロー侯爵その人だった。高位貴族の後妻と言っても、この方なら割と引く手数多よね。


まだ四十前で、肉体は引き締まっていて、顔立ちは精悍。領地も栄えていて、変な噂もない。お子様でやりたい放題の第二王子より、優良だと思うわ。


私は今後悔している。侯爵がお越しになる前に辞すべきだったわ。ああ、もう、侯爵夫妻は既に二人の世界だし、王子は明らかな失恋で苛立っているし。ええ?これ、私が纏めなきゃいけないの?何の罰ゲームよ、これ。


 婚約破棄は是非お受けしたいわ。あんなのの世話なんて、ウンザリですもの。


 ああ、卒業式が忘れられない嫌な日になってしまった。


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