第八十九話『捜査』
「さて、助手君」
「はい、カラスさん」
志東がその場から去って、探偵と助手は目を合わせた。
2人が顔を合わせるのは、冬の列車以来の事だ。何となく遠ざけて、モルは志東がカラスに会いに行く時も、一人で留守番をするようにしていた。
「まず、犯人を捕まえるためには、何をしたらいいか、わかるかな?」
「気絶させるとか」
「うん、誰をかな」
「犯人を!」
意気揚々と答えるモルを見て、カラスは額を叩き唸った。
カラスは少し、考えたあともう一度質問をし直す。
「犯人が誰かわかる?」
「わかんない」
当たり前だ、わかっていたなら今すでにこの名探偵はその犯人をひっ捕まえているだろう。
「それを見つけるのが探偵の仕事なのだよ」
「なるほど」
変に反抗されずにすんで、カラスは胸を撫で下ろした。
そして、犯人を捕まえるために先ず何をすればいいのか、それを助手であるモルに名探偵のカラスは答えを示さなければならない。
「さて、ちなみに答えは」
「答えは!」
瞳を煌めかせて、カラスを見つめるモル。
一体誰がこの答えを予測できるのだろうか、名探偵の脳裏を覗き見ることはだれにもできない。
この奇想天外、摩訶不思議な名探偵にしか理解できないであろう答えを。
カラスは、得意げに口にした。
「聞きこみ調査だよ」
というわけで名探偵カラスと、助手のモルは、事件を解決するため聞きこみ調査を開始した。ふたりは街を巡り、様々な証言を得ることに成功した。
その中から有力なものだけを抜き取ると、おおよそこんな感じた。
『今日、見たことない怪しい人物を見かけた』
『今日、ギルドになにか貴重な骨董品が運ばれてきたらしい』
『あ、そうだ今日はバーゲンセールの日だった』
『ワンッ、ワンワンッ!ワゥンッ!』
途中、聞き込みをしていた男が突然走りだし、犯人逮捕かと思ったらバーゲンを思い出しただけだったとか、ぬいぐるみが経営している怪しいお店があるから調査してくれとせがまれたりだとか、犬がなんかすごい吠えてくるとか、色々アクシデントはあったものの、有力な情報を得ることは出来た。
何時間も歩き回って探偵は疲労困憊といったようすだけれど、助手のモルは志東から貰ったらしい小さな花柄のお財布でアイスを買ってご機嫌だ。
「容疑者を追うか、ギルドに向かうか」
「骨董品って関係あるの?」
助手のモルはいまいちピンと来ていないようだ、しかしさすが名探偵は違う。
その数々の事件を解決させてきた、経験豊富な知識に言わせれば生きている物だろうと、生きていない者だろうと容疑者になり得る。
「うん充分怪しいよ、実際周りの色を吸収する宝石はとかもあるからね、もしかしたらそれと似た系統なのかもしれない」
「じゃあその宝石が犯人なんじゃないの」
「いや、違うね、昔のことだから詳しくは覚えてないけど、効果の範囲が30メートル程度だったはずだよ」
その宝石で何か作った気がするが、何を作ったかまでは覚えていない名探偵であった。
数々の発明品を作り上げるカラスにとって、そんな些細な事を気に留めている暇などないのだ。
おおかたネックレスや指輪等のなにかでも作ったのだろうと、カラスはギルドに置かれているカメレオンに向かって頷いた。
「あら、可愛い探偵さん達」
そうカラスとモルを見て、的外れなことを言うのはギルドの受付嬢。名探偵とその助手を見て可愛いという言葉を選ぶのは如何なものだろうか。
見当違いも甚だしい、どうかしているとしか思えない。
けれど寛大な名探偵は、こんな事では怒りをあらわにしたりしない。
助手のモルも納得のいかない様子で、頬を緩ませている。
「えへへ」
この時の助手の顔を見て、喜んでいるんじゃなかろうかと、そう思ったのならそれこそ的外れの見当違いもいいところだ。
けして、可愛いと言われて喜んだりする助手じゃない。
「今日来たっていう骨董品を調べさせてもらいたい」
「それなら、2階の図書室の扉近くにある窓の前にありますよ」
受付嬢は丁寧に馬蹄型の大きな階段を指して、業務的な笑顔を見せた。
「ありがとう、調査の協力に感謝するよ」
カラスはそれっぽい台詞を言えて、少し満足気だ。
ただ、名探偵はこんなことでは満足しない。名探偵であるカラスは、犯人を捕まえた後、志東に褒められたりマリアナに自慢したりと、そこまでやって初めて満足するのだ。
道のりは楽なものではあるが、少し長い。そうカラス自身は、今回の事件を計っていた。
「あ、それと怪しい人物を見かけなかったかな」
「白衣姿の人が、先程までそこのカフェスペースで休んでいましたよ、私ここで長く働いているから、大体の人の顔は覚えているんですけどね、白衣の人は始めてみる顔でした」
カフェスペース、はたして受付嬢の位置から
見て細かく客を判別することは可能なのだろうか。
そんな懸念を抱きつつも、たしかにこの街に白衣というのは少し似合わない、とカラスはくちばしをなぞる。
「なるほど、白衣」
白衣、想像してしまうのは医者や学者、研究者。
この探偵は白衣が嫌いだ、カラス自身の大きさに合ったものが少ないというのも理由のひとつ。
それと、白衣を着ている大抵のやつは自慢話が長い。それが、探偵が白衣を嫌う理由。
「それで、助手くんは何をしているのかね」
「誰かに、見られてる」
開かれた扉から、街道を歩く人々が見える。
ほんの一瞬だけ、狐面を着けた誰かが、道行く人々に紛れて、探偵達を見つめていた。
しかしふたりがその事に、気が付くことは無かった。
通行人ですら、その存在に気がつくことが出来ないのだから仕方のない話だ。
「そう?分かんないや」
「あ、視線消えた」
視線の主は姿を消したのか、それともまだどこかで息を潜めているのか。
どちらにせよ、探偵と助手は誰かに見られているかもしれないという意識を持って行動をしなければならない。
「犯人かもしれないね、けどまずはその骨董品を見に行こうよ」
「うん……」
探偵は、例の2階へ向かった。
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