第八十二話『帰りの列車に揺られて』

 あの後、古城に宿泊した。もちろん無料でね。

 前の時よりは、死人は少なかったらしい。ラクーンさんのことは残念だったけれど、しかし目当ての剣を回収できた事、なにかと厄介だった蜘蛛を駆除できたことをまえると。

 今回の作戦は、そう悪いものじゃなかったらしい。


「せーんろはつづくーよーどーこーまーでーもー」


 カラスがそう歌っている、彼は列車に乗る時必ず歌っているような気がする。

 そう、そうだ。今は通常の列車に乗って、僕らの家に帰っているところだ。


 来る時に乗った列車に比べると、人が少ないし、目的地に着くまで椅子に座っていなきゃいけないが。

 通常の列車の方が、移動が早い。そりゃそうだ、最短ルートを堂々と走ることが出来るのだから。


「どこまでも続くって、怖いと思うけどね、私は」

「奇っ怪!永遠列車ってね」

「君の頭の方が奇怪だけどね」

「僕の頭は確かに精密で正確だけど別に機械で出来てるわけじゃないよ、馬鹿だなあ」

「志東くん、どうしよう、腹が立って仕方がないよ」


 マリアナの意地悪はカラスには通用していない、いつもの事だ。カラスはモルと向かいの席に並んでいる。


 僕はマリアナに、窓側の席を譲ってもらった。

 青空にどこまでも広がる大草原、彼方に連なる白い山脈が見える。

 列車には古い木材の匂いが充満しているため、窓を開けっ放しにしている乗客が多い。(もちろん僕もそのひとりだ)


「それにしても、カラスは今回は何してたんですか」

「敵を殲滅してたのさ、忙しかったよ、それはもうね、休む間もないくらいにね」

「それは、お疲れ様でした」


 僕がでかい狼と戯れている間に、カラスはきっとよく頑張ったんだろう。誇らしげに、胸を叩いている。


「あ!見て見て!あれドラゴンかな?」

「うーん、確かにドラゴンっぽいですけど、遠すぎてなんとも」

「鳥かな?大きい鳥かな!鳥なら唐揚げにしたい!志東さんはなんだと思う?」

「飛行機ですかね」


 窓際のモルが、空にドラゴンを見つけたらしいが遠すぎてよく分からない。

 たしかに鳥にも見える、むしろ鳥にしか見えない。いや待て、鳥じゃないのか、鳥に見えてきた、あれは鳥だ。

 まあドラゴンだとしても、最近じゃドラゴンより飛行機のほうがよっぽど珍しいのだか。


「どれどれ」


 マリアナが僕を退けて、外の方を覗いた。

 わざわざ太腿に手を置いて、体重をかけてきているマリアナは何がしたいのだろうか。


「あー、あれは、なんだろうね」

「え、答えてくれる感じだと思ったんですけど」

「私がなんでも知ってると思ったら大間違いだよ」


 何故がキザにそう言い放ったマリアナに、軽く手刀をお見舞しておいた。

 コトコトと列車が揺れている、窓からは煙たそうな街が見えた。遠くの、街の上の空だけが黒い。


「どれどれ、僕が見てみようじゃないか」

「カラスさんじゃーまー!」


 唐揚げというワードが引っかかったのかモルをじっと見ていたカラスと、カラスのくちばしが当たってストレスが溜まっていたモルの揉み合いが始まった、まるで子供の喧嘩だ。

 なんだか、微笑ましい。このまま、列車が止まらず、線路がどこまでも続いていたとしても。

 僕はそれで構わないと、そう思った。


「あ、それと、志東くん」

「はい」

「ちょっといいかな、あっちの方で、話が少しあるんだ」





      〇




 僕とマリアナは2人から離れた位置に、席を移した。

 車窓を開けて、外から流れ込んできた空気を浴びる。


「早速本題に切り込むようで悪いけれど、モルちゃんについての話なんだ」

「はあ、モルがどうかしましたか」


 少し視線をずらして、窓に張り付いているモルの方を見てみた。

 まだあの鳥を観察しているのだろうか、隣に黒い鳥がいるだろうに。


「えっと、まず、彼女の名前の話になるんだけどね」

「モルですね」

「それは君が呼んでいる名前だろう、真名の方の名前だよ」


 嫌な話だ。

 寝ようかな、十分昼寝するのに必要な条件は満たしてある。

 列車の心地よい揺れに、大自然の爽快なそよ風。

 その上、昨日は古城に行ったものの結衣さんの愚痴を長々と聞かされて、眠る時間が殆どなかったのだ。


「はぁ、真名に何か」

「あるんだよ、問題がね」


 問題でも?と言う前に、答えられてしまった。

 マリアナまでどこぞの警告者と同じ話を始めるつもりなのだろうか、いやまあ僕の話じゃなくてモルについての話なのだが。

 真名の話自体が、あまり好きじゃないのだ。


「彼女の名前は……」


 マリアナが、言おうとしたところで。


「ちょっと」


 いつの間にか、カラスがすぐそこに居た。

 気付かなかった、話に夢中になっていたわけじゃない。カラスの背が低いせいで、机がちょうど死角になっていたんだろう。


「カラス」


 と、名前を呼んでその後に続ける言葉を考えた。


「ちょっと、いいかな」


 カラスは、僕に向かって弱々しく消え入りそうな声でそう言った。

 前で手を組んで強く握っている、こんな彼を見るのは久々だ。


「あー、えっと、後でいいですか、今大事な話をしてる所でして」

「僕の方も、大切な話なんだけど」

「その、でも後でいいですか?後で聞きますから」


 僕は、マリアナとの話を優先した。

 どうせろくな話じゃない、今の会話も大概だが。このカラスの様子だと、何か面倒くさいことがありそうだ。


「……やっぱりいいや、駅弁の話は、モルちゃんとでもしようかな!」

「ありがとうございます、後で駅弁の話僕も混ざりますね」

「おっけー、待ってるよ!」


 駅弁の話かい。

 拍子抜けというかなんというか、これだとカラスとの話を優先した方が良かったのかもしれない。

 どちらにせよ、彼が話そうとしていたことを再び聞く機会は当分無さそうだ。


「それで」

「彼女の真名は兎祓とばら


 とばら。

 薔薇ばらって綺麗な花ですよね、色によっても意味が変わってくる不思議な花ですし。

 そういう話じゃ、ないのかな。もちろん分かっているし、なんならその名前聞いたことがある。


「……あの、それって」

「君、じゃなかったね、不可色が根絶させた真名のひとつだよ、その生き残り、次女だね」


 初耳だ、妹が居たなんて。そもそもその名の一族はあの場で全員、息絶えたはず。あの日、その真名はこの世から滅びたはず。なのにどうして、今更そんな事が。

 次女がいるなんて情報無かった、あの時どこに居たって言うんだ。


「長女は」

「あぁ、そうか、そうだね、長女は君が殺したんじゃない、そうだ、だから君が根絶させたわけじゃないのかな、あれは、不可色は悪くないよ」


 ただ質問をしようとしただけなのに、マリアナはそれをなにかの抗弁だと捉えてしまったらしい。

 慈しむような彼女の口調が、なんだかかんに障る。


「彼女が自ら死を選んだんだ、君の責任じゃないさ」


 その言葉を、僕自身を肯定してくれる存在を。僕の求めているものを、マリアナはいとも簡単にしてみせた。1度捨てた、裏切ったものをこうもあっさり済ませてしまっていいのだろうか。

 ああ、カラスの話を聞いてやればよかったかな。

 後悔とはまた違うけれど、胸が蛇に絡まれたような感覚がした。


「面白いと思わないかい?何の因果かなという質問に関しては、答えは真名の意味にある。それだけじゃない、それだけじゃないんだね、だからこそ君は」


 少し視線をずらして、モルの方を見た。

 モルは、楽しそうに笑っていた。


「彼女を、モルちゃんを選んだんだ」




      〇




 別に話さなくても良かったんだ、これまで通りじゃないか。これで、むしろこれで良かったのかもしれない。

 目の前に、モルちゃんがいる。せっかくだ、なにか、話でもしよう。


「ねえ」

「カラスさん、なーにー?」

「君も、よくやるよね」

「何を?」


 モルちゃんは小首をかしげて、目を細めた。

 こちらを見透かしている目だ、僕の得意な目だし、僕が苦手な目だ。


「なんで、モルのフリなんてしてるのさ」

「……」


 見透かしている目から、透明な目になった。口では笑顔を象っているけど。本心から、笑っているとは思えない。

 この目になったら、僕にもモルちゃんが何を考えてるのか分からない。

 この目をする人間は、詐欺師か策士が多い。


「モルっていうのが、誰かは私は知らないし、あったことも無いよ」


 外の景色を眺めているように見せて、その瞳はしっかりこちらを捕らえている。

 さながら鳥籠の中の鳥ってところだ、けどこっちも引く気はない。


「けどね、志東さんがよく話してたから」


 彼女の、声がガラリと変わった。

 幼さはまだ残っているけど、それすらも凍てつくような冷たい声。


「よく話してたから、その子のフリをしてるってこと?よく分からないね」


 口ではそう言ったけれど、痛いほど分かる、その気持ちは。

 自分のあるべき姿を求める、その在り方。

 けど自分じゃ決めれないから、あるべき自分の像を他人に委ねる。


「うーんとね、だからね、私は」


 彼女は言葉を探すように、語尾を長く伸ばして。


「私はただ」


 もういちど、また頭の中で最適な言葉を探して彼女はようやく答えにたどり着いたらしい。

 僕の方をまたあの見透かした目で、見つめて。


「志東さんが好きなだけだよ、志東さんにも私と同じ気持ちになって欲しいだけ、それだけだよ」


 そう釈明した。


「よく話してくれたの、志東さんが、ほんとに好きだった、たったひとりの、その子の話」


 志東の馬鹿、まだ引きずってるのか。

 なんだか、歯がゆいな。


「明るくて、ちょっと抜けてるけど、前しか向かなくて、みんなのことが好きで、悪いことが得意で」


 彼女の声から、少しずつ感情が漏れ始めた。

 怒りだ、露骨に苛立っている。このままのノリで殺されたりしないか、ほんの少しだけど不安になった。


「志東さんのことを好きな、その子のこと」


 志東は自分で、自分のことが好きな女の子がいるって、説明したのかな。変にその姿を想像してしまって口角が緩んでしまった、奥歯をかみ締めて堪える。


「ほら、好きな人のタイプの子になりたいって、普通のことでしょ、恋焦がれる乙女だよ」


 あれ、でも僕はマスクをしているから、別に笑っていても声を出さなきゃバレないんじゃ?

 なんだか、損をした気分になった。


「でも、それってさ」


 殺されるかもって、怯えて何も言わないなんて僕のやり方じゃない。きちんと、後輩にアドバイスくらいはしておかないとね。


「君のことを好きになってくれることは、一生ないんじゃない」


 例えば、みにくいアヒルの子だ。アヒルとして育てられたのに、ある日から急に白鳥として生きることになった。

 いくら白鳥が美しく見えても、中身は一緒のアヒルの子だ。白鳥のその姿を美しいと言う者はいれど、アヒルとしてのその子自身を誰が見つけ出して、愛してくれるのかな。


「だって、君じゃないんだからさ」


 分からない。

 本質的に、根本的に、第一義的に、矛盾して、相反して、背馳していて解決も打開も確立できていないその現状にどうして満足してそれを尚続けられるのだろう。

 分からない、僕には分からない。


「そうかも」

「正直に言う?」

「……いや、ううん、いい、私は」


 外の景色を見ていた彼女は、ようやく僕の方に顔を向けた。


「志東さんが望む人でいるよ、何があっても」


 モルちゃんはそう言うと、窓を開け放って風に髪をなびかせながら、楽しそうに笑った。

 僕はなんとなく、先程まで座っていた志東が開けていた窓を閉めた。


「気が狂ってるね」


 恋は一時の気の狂いって、よく言ったものだね。

 そう小洒落たことを頭に思い浮かべながら、頬杖をついて車窓から遠くの山を眺めた。

 列車は帰るべき日常に向かって、コトコトと走っている。

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