第29話 ガールズトーク
ニコラに何やら言いたげな風情のミーナ。
そういえば、ミーナが就寝後のニコラを訪れることなど、初めてである。
「どうしたの、ミーナ?」
「ええ・・うん。あの・・今晩、一緒に寝てもいいかな・・」
「もちろん、いいわ。ここのベッドは無駄に広いからね~」
ふわっとした微笑みを浮かべたミーナが、嬉しそうにニコラの横に滑り込んでくる。
ニコラは意外に感じていた。これまでミーナはひたすら凛々しく・・クリフにだけは弱みや依存を見せるけれど・・こんな女の子っぽい振舞いは、ついぞ見たことがない。また、クリフが無自覚に、なにかのスイッチを入れちゃったのかな・・と思うニコラである。
「一緒に寝ると、あったかいね」
「そうね・・・・ねえミーナ、何かあったの?」
「何も・・ないんだけど・・ちょっと、お話がしたいな、なんてね」
何だ、この似合わない乙女っぽいノリは、と突っ込みたいのをニコラは必死で我慢する。
「ミーナにしては珍しいわね・・起きているときには、話しにくいことなのね?」
「そう、そうなの・・」
「いいわ、言ってごらんなさいな?」
「うん、え~っと・・その・・」
今まで、ミーナがこんなに口ごもることなんてなかった。本当に、何か珍しいことが起こっている。
「ミーナ?」
「・・ん! もう単刀直入でいくわ! ニコラは、クリフが好きよね?」
「・・うぐっ。何をいきなり・・それは好きだけど、仲間として好きというか・・」
「男性として、よ?」
ミーナの直球に、ニコラは逃げ場を失い、その頬はたちまち桜色に染まる。
「・・・うん、ごめん・・好き」
ごまかしても仕方ない、認めよう。想っているだけなら浮気とまでは言えないわよね、と腹をくくるニコラ。
「何で謝るの? ニコラ?」
「だって・・クリフはいずれミーナと結婚するわけだし・・それに、ミーナがクリフを大好きだってのは、はたから見てれば、バレバレだよ?」
今度は、ミーナが茹でダコになる番だ。よっぽど恥ずかしいのか、枕に顔を埋めている。
「そんなに・・わかりやすかったかな?」
「うん、ミーナのはわかりやすいよ。でも、私もミーナに、隠せてないってことか・・」
「きっと、同じ人を見ているから・・だね」
「そう・・かもね」
しばらく二人は並んで、天蓋を見上げながら黙り込む。やがてミーナから口を開く。
「ねえ、ニコラがクリフを好きになったのはいつ?」
また、ミーナらしく、ど直球だ。そしてニコラはそれに逆らわず、クリフとの出会いから、素直に話すことにした。
最初はなんとも思っていなかった不器用な勇者候補の少年が、徐々に気になっていったこと。その想いがはっきりする頃には、彼の隣にはもう、テレーゼが立っていたこと。そのテレーゼが、クリフとニコラを身を挺して救い、自らは天に召されたこと。そして今際のきわに「クリフをお願い」と言い残して逝ったこと・・。
ニコラが気がつくと、隣のミーナが声もなく涙を流していた。
「そっかぁ・・私なんかが、割り込んじゃいけなかったんだよね・・」
「そんな風に考えないでミーナ! あなたがクリフを好きになっちゃうのは自然だと思うの・・。うん、クリフは天然にっていうか無自覚にっていうか、優しさをバラまいては女の子を引き寄せちゃうんだよね・・困った人なんだよ」
「ふふっ、本当だね・・」
「そもそもクリフは、私のことなんか、女と思ってないよ。一緒に戦う仲間としては、大事にしてくれてるけど・・」
ニコラのため息交じりのつぶやきに、今度はミーナがあきれたため息をつく。
「賢者ニコラは何でも知ってるけど、自分に関わることになると、結構ポンコツだよね?」
「え?」
「クリフの眼を見ているとわかるの。気が付くとニコラを追っているわ。もちろん私は護衛対象だからそれなりに見てもらっているけど・・」
「・・そうなの? そんな風に思ったことはなくて・・むしろクリフが時々ミーナを優しく見ているのが気になったりして・・」
ダメだ、どうにも恥ずかしい。ニコラは熱くなった頬に手をあてた。
「お互い、自分のことになると、ダメダメだね・・」
◇◇◇◇◇◇◇◇
もう二時間はミーナと話しているだろうか。
この完璧王子・・いや王女なのだが・・が、こんな普通の女の子だというのは、実に意外だった。二人が共通して見つめるあの男について、あれやこれや話が止まらなかった。そういえばテレーゼとさえも、こんなに恋愛トークはしなかった・・私が、クリフの話題を避けていたのだけど。
まだミーナは、言い足りないことがありそうな顔をしている。そうか・・きっとあれか。
「ミーナ・・ハインツが国王になった後のことを悩んでいるのね?」
「うん・・」
ハインツが国王となったとき、精神面でも実務面でも最良の補佐役となれるのは、間違いなくミーナであろう。だが、国王が代わったとしても、「開祖の遺訓」の束縛は残っている。つまり既婚の女は顕官には就けず・・ミーナはクリフの傍にいることを取るか、国政を取るかを選ばねばならないのだ。
「贅沢な選択だわよねえ・・」
「私もそう思う・・クリフと一緒に、いたいけど・・」
「・・それについては、お姉さんから、黒い提案があるのですが・・?」
「何それっ? 聞きたい!」
ガールズトークは、まだ続くのだった。
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