第27話 半年後
そして、半年が過ぎた。
ハインツは相変わらず、ニコラとミーナを教師として、スパルタ王子教育を受けている。もはやミーナと入れ替わるためというよりは、こと成った後に善き王となるための、帝王教育に意味合いが変わっているのだが。
猛勉強のご褒美として、時折「王女主催のお茶会」を開いては、リーゼロッテと逢う機会をつくっている。なぜかリーゼロッテは決まって数回に一回「貧血」で倒れては、西離宮にお泊まりする仕儀となっているのだが・・
「まだ、赤ちゃんができないように注意するのよ」
ミーナがハインツにこんな忠告をしていることは、一部の者しか知らない。
ロベルト達「俊英」は、地下組織の強化拡大に勤しんでいる。
疑いのもとになる「五俊英」の集まりはもはや避け、必要なコンタクトはクリフとニコラを介して行っている。宰相と関係の浅い若手官僚の組織化にはおおむね成功しており、おそらく「こっち側」の官僚だけで、統治機構の維持ができるレベルになったはずだとロベルトは言う。さらにロベルトは、ミーナが断念した補給物資横流し不正の調査を水面下で続けており、もう一歩でフライブルク侯につながるところまで明らかにしたという。
国軍に関してはカールシュタットが高級将校たちへの根回しを慎重かつ確実に進め、彼と五俊英、西離宮をつなぐ役目は、クリフが務めている。
「我が第二軍団については完全に掌握できている。王都の城外、近郊に関しては一日で押さえられるだろう。第一軍団は、こちらが主要拠点を制圧した後なら、話が通じる相手だ。問題は、城内だな・・近衛部隊は宰相の色が強すぎる。潰すしかないだろう」
「城内に関しては俺とニコラが暴れて持ちこたえている間に、将軍に突入してもらうしかないでしょうね。近衛の兵隊が魔王より強いってことも、ないでしょうし・・」
クリフがこともなげに言う。集団戦では数の暴力に圧倒されてしまうが、城内で戦う限り同時に戦う相手は、そう多くないだろう。敵の数が有限なら、勇者はかなり無敵に近い存在だ。ニコラに姉弟の守りを任せれば、クリフは自由に暴れることが出来るであろうから。
肝心のミーナは、表立って動いていない。
相変わらず優秀な官僚として、そして公爵令嬢リーゼロッテの婚約者として、完璧にふるまっている。そして・・これといった人物を落とす時だけ、こっそりと出馬するのである。もちろん、「お忍びのハインリヒ王子」として。すでに法務省と総務省、工務省の次官達はこっち側に取り込み済みだ。女の武器は、使っていないらしいが。
王女としてのたしなみ教育については、もう放擲してしまっている。「世直し」を起こした直後はそれどころでないであろうし、その後も結局、クリフに嫁ぐだけのこと。クリフが妻に対し貴族のたしなみなぞを求めないことは、分かりきっている。かくしてミーナは、来るべき大事に集中することを言い訳に・・結局貴婦人の振る舞いが苦手であるだけなのだが・・ニコラの何か言いたげな眼を見ないようにしながら、お嬢様教育から逃げているのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここは王宮の東離宮。国王の居室に、宰相フライブルク侯が訪れている。
「陛下、お呼びの件、何でございましょうか?」
五十代半ばの、肥った男だ。頭頂部の毛髪はすでに広く失われ、耳の上だけ黒髪がふさふさとしているところが、見るものに違和感を抱かせる。その容貌は脂肪でたるみ切っているが、眼だけがギラギラと、何かの欲望に光っている。
「うむ、まあ・・宰相に伝え・・いや相談しようと思ってな・・」
今日の国王エーベルハルトは、何やら歯切れが悪い。言いにくいことがあるらしい。面倒なことは何でも宰相に丸投げしてきた国王は、時々こういう風に宰相の顔色をうかがうことがある。
「相談でございますか。お伺い致しましょう」
口調は丁寧だが、フライブルク侯はすでにうんざりしていた。こういう態度をとる時のエーベルハルトは、ろくなことを言い出さない。青年の頃からそうだった・・この無能な王の尻拭いを、どれだけやってきたか。まあ、そのお陰で、現在甘い汁が吸えるわけでは、あるのだが。
「ふむ・・あ・・いや・・うん、王太子をそろそろ定めねばならぬと思うてな」
この阿呆が、とフライブルク侯は胸中で吐き捨てた。せっかく自分が、孫たるアルフレート王子のために十数年の計を練り、ようやくそれが収穫を迎えようという直前に、またこの暗愚な国王は、勝手なことを。
「陛下、その儀はハインリヒ殿下とヴィルヘルミーナ殿下が二十歳を迎えられるまで、保留されるものと伺っておりましたが・・?」
「う・・うむ。いや・・半年後の竜誕祭に、ヴィルヘルミーナが勇者に嫁ぐゆえな、この際、子供達の行く末を、定めておいたがよかろうと、な・・後嗣発表の儀を二週間後に行う旨、すでに宮内省に伝えてしまったのじゃ」
この馬鹿が! すぐに思い付きで行動する癖がまた出たか! これでは、なだめて取り消させることもかなわないではないか・・フライブルク侯の胸に一瞬殺意が芽生えたが、賢い彼はそれを押し殺す。
「さようであれば、事前にご相談頂きたかったですが・・して、陛下が意中の御子は?」
この豚の如き国王の言いづらそうな口調から想像はつくが・・侯はあえて追い込む。
「うむ・・む。やはり・・む、第一王子たる、ハインリヒを王太子にしようと・・」
「陛下!」
「む・・そちは・・反対か?」
ダメだ、こいつは・・とフライブルク侯は天を仰いだ。かくなる上はアルフレートを早く登極させ、こいつを排除せねば、と決心する。だが、まずはここを凌がねば。
「もちろんでございます!」
「いや・・そちの外孫たるアルフレートも優れた王子と思うのじゃが・・」
「陛下! 臣はそのような私情で申しているのではありませぬぞ! では陛下、陛下の仰るハインリヒ王子とは、勇者に嫁ぐ『本物のハインリヒ殿下』ですか、それとも俊英と名高い『偽物のハインリヒ殿下』ですか?」
「む・・む。もちろん、『本物』のほうじゃが・・二人の姿は似て居るし・・どこかで、入れ替わるわけには、いかんかの?」
「陛下。失礼ながら、国を統べるに必要な帝王教育のようなものは、これまですべて『偽物』の殿下に注がれ、『本物』の殿下は、姫としての教育しか受けておられませんぞ。いくら臣らが補佐たてまつるとは言っても、『本物』の殿下では、大陸に覇を唱えることはできませぬぞ!」
「やはり・・そうかのう・・」
よし、あと一歩だ。何としてもここでハインリヒの指名をやめさせ・・いやこれを奇貨として、一気にアルフレートを王太子とするのだ・・フライブルク侯は言葉に力を込めた。
「陛下のお気持ちはわかります、実によくわかりまするが・・ここは王国の将来に眼を向けて頂くよう、お願い奉ります。王国がさらに発展するためには、万一にもケチのつかない王太子が必要ですぞ」
「それが・・アルフレートだというのか・・」
「私情を抜きにして、現在の状況を鑑みれば、そうとしかお答えできません。十分な準備を整えて二年後にハインリヒ殿下をと仰るならともかく・・二週間後と陛下がお決めになったのであれば、アルフレート殿下しか候補になりえないかと」
実のところ私情がバリバリ入っているのだが、そんなことはおくびにも出さない謹厳な顔をつくってフライブルク侯は止めを刺す。さりげなく責任を国王の暴挙に転嫁しつつ。
「うむ・・うむむ。まあ、言われてみれば、宰相の言は聞くべきものがあるの。うむ、そうだ、やはり今決めるのであれば、アルフレートしかないの。いや、良く忠告してくれた、これからもよろしく頼むぞよ」
あれだけハインリヒの後嗣指名にこだわっておいて、ちょっと迫られるとあっさり前言を翻す、極めて脳みその軽い国王であった。
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