第20話 俊英会とは
料理酒場『フェンリルの尻尾亭』は玄武岩で形づくられた建物の地下、すれ違いもできない細い石段を降りた先にある。
わざと灯りを落とし、穴倉のような独特の雰囲気を醸し出しているところが、渋い大人に人気の酒場だ。得意とする料理は肉中心だが、排煙用の強力な魔法道具を完備しているので、匂いも気にならない。
カウンターで先になにやら蒸留酒のようなものを飲んでいるロベルトを見つけ、クリフが声を掛ける。
「おお、クリフよく来た。何を飲む?」
「俺は酒にあまり強くないから、エールで」
ポテトフライをつまみながら乾杯する。塩加減が絶妙でエールに合う。
「今日は・・集まるんだよな?」
クリフが周囲を気にしながら言葉を選びつつ確認すると、ロベルトがにやりと笑う。
「ああ、そろそろかな。席を移ろうか」
ロベルトは戸惑うクリフを連れ、奥のテーブル席を目指すようなふりをしつつ、物陰にすっと移動すると、一見なんでもない石壁に掌をかざした。その中指には翡翠の指環がはまっている。
と・・石壁がぱっくり開き、奥に続く通路が現れた。驚くクリフをさっさと行くように促しつつ、ロベルトは石壁を元通りに閉める。
「下手に有名になってしまった俺達『五俊英』が、あからさまに一堂に会するというわけにはいかないからな。痛くもない腹を探られてしまう。ああ満更、痛くもないわけじゃないけどなあ、ふふ」
他の客の眼がなくなったところで、ロベルトはいきなり黒い台詞を吐きはじめる。その視線の先には扉があり、それを開けると、すでに四人の客がテーブルに着いていた。
「というわけで、『五俊英』とスペシャルゲスト勇者クリフ殿の、楽しい宴の始まりというわけだな」
ポカンとしているクリフ。
「ああ、この部屋は、この街区にある四つの酒場にそれぞれつながっているのさ。メンバーはそれぞれ違う店から入って、隠し通路を通ってここまで来ている。この部屋自体も特製の結界が張ってあるから話す内容を聞かれるわけではないんだが・・まあ用心のためだな」
ロベルトの解説にようやくうなづくクリフだが、そこまで警戒せねばならないものなのかといぶかしく思う。
「ああ、俺達がここで話すのは、上司が聞いたらひっくり返るような反体制的なやつだからな・・とりあえず紹介しよう、工務省のダニエル」
「よろしくな」
赤毛で小太りの・・やはり二十代後半の男だ。
「農務省のクラウス」
「勇者に会えて光栄だ、よろしく頼む」
こちらは引き締まった肉体に精悍な顔つき、官僚と言うよりはむしろ職業軍人が似合うような黒髪の男。
「法務省のカロリーネ」
「初めまして勇者様、お見知り置きを」
亜麻色の髪をポニーテールにまとめた、鋭い眼をした細面の美女だ。クリフはあらかじめ魔鏡で紹介されていたから驚かなかったが、やはりこんな若い女性が・・という思いが顔に出たのだろう、ロベルトがフォローに入る。
「ああ、カロリーネは官僚養成学校を二年飛び級した上に、採用試験も首席という才媛でな。こんな美人なのに、役所で出世したいから、結婚はしないんだと」
「最も自分の才能に合った将来を選んだだけよ。そんなに変な選択とは思わないけど」
「カロリーネさん、おかしな顔して失礼しました。持てる才能を活かす仕事をするのは当たり前です。だけど、そのために結婚できないというのは、もったいないですね・・」
クリフの素直な反応に、カロリーネがその少し冷たい雰囲気をまとう頬を、少し緩める。
「ああ、別に気を悪くしているわけではないから、気にしないでね。ふふふ、可愛い勇者様だね、私は気に入ったな」
「そう、俺もこの勇者様を気に入ってる。なので、ちょっと俺達の密談に、付き合ってもらうためにご足労願ったってわけだ。後のメンバーは軍務省の俺と、ハインリヒ・・は紹介不要だよな」
ロベルトがにやっと笑ってまとめる。ハインリヒ・・ミーナ以外はみな二十代の後半、心なしかメンバーのハインリヒに注ぐ眼は、年の離れた弟を見るようで、暖かい。
「ところで密談って?」
「ああ、それは追々・・まずは料理と、酒が先だな」
◇◇◇◇◇◇◇◇
不思議な穴倉のような酒場の奥にある、さらに不思議な密室で、「五俊英」と称される気鋭の若手官僚と、クリフは賑やかに会食していた。
ハインリヒ以外の四人は、まだ十代のクリフを弟のように自然に受け入れ、緊張をほぐすかのように日常のあれやこれやのゴシップを話して聞かせ、それでいてクリフが話しづらい西離宮の生活には踏み込んでこない。久しぶりに、魔王討伐パーティの訓練中みたいな気分になった。あの頃も、兄さん姉さん達に囲まれて可愛がってもらったっけ・・テレーゼには、甘やかされたかな。
「さて、これからが本題だけどな」
ロベルトがおもむろに切り出す。
「クリフ・・お前さんは今、王国の民からは救世主のようにありがたがられている。望めばどのような顕職でも・・いや、国王にとって代わることすらできるだろう。そのお前さん自身は、何になりたい、何をしたいと思ってるんだ?」
それまでヘラヘラと笑っていたロベルトが、急に真剣な表情でクリフを見つめる。
「何に・・って・・とにかく目立たないようにしたい。勇者なんてのは女神が勝手に選んだのであって、俺が望んだわけじゃないし・・そして魔王を倒した今、勇者なんてものの役目は終わったんだよ。魔王という脅威がないのに勇者なんてのがウロウロしていたら、権力者にとっては邪魔だし、国を乱す元になるだろ。俺は平民だし、大切な人と平穏に暮らすことが望みだったんだ。本当に大事な人は失われたけど・・」
「だけど、王女を賜るわけだろ? 王室に連なる身分になるのなら、自然と中央の政治にかかわることになるのではないか?」
ここまで黙っていたクラウスが疑問をはさむ。実にもっともなことだ。
「とにかく俺は、国政にかかわりたくない。地方の荘園でも褒美にもらえるのだろうから、王都からはさっさとおさらばして、静かに領地経営をするつもりさ。降嫁する王女には気の毒だけど、俺に合わせて静かに暮らしてもらうしかないと思うよ」
淡々と語るクリフ。
いみじくもニコラが指摘した通り、クリフは「誰かを守る」ことにしか燃えない性格だ。今はようやくハインツとミーナを「守る」目的を見出し、テレーゼを失った無気力から立ち直ったわけだが・・事が成った後に自分が中心に立つことには、まったく意欲がわかないのだ。
「なるほど、勇者殿はロベルトの言う通りの人物みたいだな。我々の『目的』の旗印にはなってもらえそうもないが、『目的』が成った後の危険因子になる可能性のない、極めて有能な人物と・・」
クラウスが低くつぶやく。真剣な表情はその容貌と併せ、本物の軍人かと見える。
「あの・・皆さんの言う『目的』ってなんなの?」
まったく話の見えないクリフが我慢できず反問すると、ロベルトがゆっくりと答えた。
「世直し・・ようはクーデターだな」
「クーデタぁ??」
素っ頓狂な反応をしてしまうクリフだった。
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