第3話 受け入れ先を求めて
「この子はね、ウバザメっていうのよ」
昨日の一件以来、やたらとサメ子が絡んでくる。昼休みや放課後なら逃げようもあるが、授業間の10分休憩なんかはどうしようもない。オレに出来る事は、ただ適当に相槌を打つばかりだ。
「知ってる? ウバザメってね、すごく大きいんだよ。世界的に見ても指折りなくらい」
「へぇ。そうなんだ」
「だいたいは全長8メートルくらいなんだけど、13メートルにまで育った子もいるのよ。スゴイよねぇ」
「そんだけデカけりゃ、人も沢山食うんだろうよ」
「え?」
サメ子がこちらをクルリと見る。こんな風にサメの腹と向き合うシーンも、今は少し慣れてきた。
「……何だよ」
「コータロくん。ウバザメは人なんか食べないよ」
「だってサメだろ」
「それは偏見。この子はね、プランクトンを食べて暮らしてるのよ。大きな口で海水を吸い込んで、フィルターでこし取る感じね」
「バカでかいのにか?」
「そうなの。そこが奥ゆかしくて可愛いわよねぇ」
いやお前、実際食われてんじゃん。頭からガッツリいかれてんじゃん。そう返そうとしたんだが、無情にもサメ問答はタイムアップを迎えた。
「はい、授業を始めまーす」
このザマだ。だいたいが不完全燃焼で中断し、次の自由時間には別の話題を放り投げられる。そんな超絶マイペースな振る舞いにウンザリするのに、丸2日も要らなかった。
「それでは気をつけて帰ってくださいね、さようなら〜」
担任がその日の終わりを告げると、生徒達が気だるげに去っていく。オレもその集団に紛れたい。荷物を引っ掴んで急いだが、針路はサメに阻まれた。
「ところでコータロくん。部活はもう決めたの?」
こうして向き合って立つと、サメ子のデカさが否応にも気になる。背丈はオレと同じくらいだから、被り物の分だけ余計に威圧感を浴びせられてしまう。
「軽音部に入ろうと思ってる」
愛用のギターのケースを見せつけるようにして答えた。
「そうなの? でもあそこは評判良くないよ。私と同じ部活やってみない?」
「なんでそうなるんだよ」
「だってそうした方がお互いの為に……」
サメ子は譲る気がないらしい。部活の所属についても、塞がれたドアについても。だとしたら奥の手を試してみるまでだ。
「大変だ! あそこでミジンコ少女が不良に絡まれてるぞ!」
「えっ、どこどこ!?」
「中庭の方だ、急がないとこりゃ危ないぞ」
オレの言葉を聞き終える前にサメ子は駆け出していった。他愛もない。厄介な女だと思っていたが、意外と攻略は簡単かもしれない。
それからは悠々と軽音部へと向かった。部室は別館の1階にある。機材の持ち出しが楽そうだと、渡り廊下を歩きながら考えた。
「失礼します、入部希望です」
向こうの許可を待って入室すると、中には所狭しと機材が並べられていた。2段積みのアンプ、ドラムセットにスピーカー、ミキサーまである。この空間だけ音楽スタジオを持ち込んだ感じだった。
「見ない顔だね。キミは転校生?」
ベースを肩に下げた男が言った。5弦ベースだ、実物なんて初めて見たぞ。
「はい。入部したいんですけど」
「そうだねぇ、とりあえず何か弾いてみてよ」
「アンプ借りても良いですか?」
「どうぞ。空いてるヤツならどれでも」
いつになく胸が踊った。早速ギターを繋ぎ、手早くチューニングを終えると、先輩たちに一礼。
それから愛用のピックを3つ取り出し、歯でしっかりと噛んだ。そしてギターを抱きしめる様にして持ち上げ、思いつく限りのフレーズをかき鳴らしていく。首を左右に振るたび伝わる振動は、耳だけでなく歯や首をどこまでも心地良くしてくれた。
もっとだ、もっと気持ちの良いフィールドがある。一層の快楽を求めて、指が、首が更に踊りだす。高揚感が膨らませながら、次の扉を開きかけたその時だ。
全てを台無しにするシンバルの音がバシィンと響き渡った。
「はいはい。それまで」
我に返って辺りを見ると、とにかく酷い反応だった。蔑視と苦笑。目に映ったのはそれだけ。
そして速やかに部室から追い出された。変人プレイヤーは要らない、なんてセリフ付きで。
「そんなにおかしいかよ、この奏法が……」
やる事もないので自宅に戻った。そして制服のブレザーすら脱がず、演奏に明け暮れた。何もかも忘れて没頭したかった。不快な記憶を塗り替えたかった。
だがそれすらもオレには許されない。
「コータロー。変な音楽弾いてないで、外出て遊んで来なさい」
母の横やりだ。仕方なくアンプの電源を落とし、ヘッドフォンをパソコンに繋ぎ変えた。
映し出したのは動画サイトだ。ネット上では、オレなんか比較にならないくらい自由に表現する人たちで溢れかえっている。しかも、誰かしらの仲間たちと共に。
「良いなぁ。理解者が居てさ」
何となく溢れたぼやきは室内に留まった。目の前には、世界の端々まで届くツールがあるというのに、オレは適切な扱い方を見いだせていない。
ただこうして、順調な人たちを羨むばかりだった。
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